日 時:2007年10月6日(土)
場 所:総合地球環境学研究所
本ワークショップは、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史の統合的研究:1945-2005」(代表 秋道智彌教授)と「持続的森林利用オプションの評価と将来像」(代表 市川昌広准教授)が合同で開催したものである。これらのプロジェクトには、本プログラムのメンバーも多数参加しており、その趣旨も本プログラムの趣旨に近い。前者が東南アジア大陸部のラオス北部を主たる調査地としてきたのに対して、後者は東南アジア島嶼部のサラワク(マレーシア)を対象としてきた。両地域の森林と森林利用誌には、どのような類似性と異質性があるのか、両者の比較において東南アジア大陸部と島嶼部や亜熱帯林と熱帯林という分析枠組みが有効かどうかなどが主たる論点であった。
ラオス北部とサラワクでは、少数民族が焼畑を基盤とする生業を営みながら、軽量で高価な森林産物を狩猟採取し交易に供してきた。19世紀になると、植民地政府が森林資源の保全や税収の確保のために土地や森林を管理するための制度整備を進めたが、その実効性は疑わしいものであった。20世紀になると木材ブームが起こる。ラオス北部ではチークが、サラワクではフタバガキ科が主たる対象となった。択伐による木材伐採だったので、木材ブームは森林を徹底的に破壊するものではなく、木材伐採と焼畑は両立した。ここまでの両地域の森林利用誌において、森林植生のタイプの違いを反映して森林産物の種類や伐採樹種は異なるが、地域住民の生業構造や政府の森林資源の利用・管理制度、そして森林利用における地域住民と政府との関係は大差のないものだった。
しかし20世紀後半になってサラワクに大規模プランテーションが導入されて以来、両地域の森林利用はまったく異なる様相を見せている。サラワクでは、森林の皆伐によって、当初はオイルパームの、ついでアカシアマンギウムの大規模造林が展開され、単一樹種の造林地がかつての森林面積の過半を占めるに至った。すなわち経済的な利益を追求するために、政府主導による根本的な自然改造が進行した。これに対してラオス北部でも、かつてはチークの、近年はゴムのプランテーションが試みられているが、その規模は限定的であり、地域住民による焼畑と緩やかな焼畑から常畑への転換および水田の拡大が地域経済の基盤をなしている。
両地域が20世紀後半になって見せた違いは何に起因しているのか。ラオス北部では歴史を通じた移住により比較的大きな人口密度が維持されてきたのに対して、スマトラの人口密度が小さいこと、すなわち在来の生業による土地利用圧が小さいことが大規模プランテーションの導入を促したのではないかという考えもある。また熱帯林は、地球上で最大のバイオマス資源量をもつ。この点を、外部社会による森林利用への介入などを含めて、両地域における森林利用誌の異質性を考える際の出発点とすべきであるという考えもある。しかしプランテーションは、現存する森林植生そのものを利用するのではなく、それをリセットし、樹種や生態系を完全にコントロールして成り立っている。豊富な日射量や降水量、年間を通じた高温などの赤道域の特異な自然環境が、圧倒的な資源量をもつ熱帯林を育み、かつ大規模プランテーションの造成を促した要因と考えられるのではないだろうか。
エネルギーや水の循環を人類の生存基盤としてより効率的に利用するための技術の地球規模での構想・開発が加速すれば、地球上でそれが最も盛んな赤道域の重要性はますます高まるに違いない。希少な赤道域を人類の生存基盤として有効に活用する方策を考える必要がある。
(文責 河野)
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