日 時:2008年4月21日(月) 16:00~18:00
場 所:京都大学東南アジア研究所東棟2階セミナー室(E207)
発表者:
1. 杉原薫(拠点リーダー、東南アジア研究所)
「生存圏研究におけるズームイン・ズームアウト」
2. 河野泰之(東南アジア研究所)
「熱帯の自然とは、その潜在力を生かす技術とは」
3. 石川登(東南アジア研究所)
「時空間のなかのバイオマス資源社会」
4. 田辺明生(人文科学研究所)
「持続型生存基盤と地域の潜在力」
司会:篠原真毅(生存圏研究所)
【発表趣旨】
第7回パラダイム研究会は、各イニシアティブのこれまでの研究活動を報告し、イニシアティブ全体で討論することを趣旨として開催された。「生存圏研究におけるズームイン・ズームアウト」では、Geosphere/Biosphere/Humanosphereの定義、研究アプローチ、それぞれの研究課題を概観したのち、自然資源の持つ潜在力に調和しつつ生産性も高めてゆくような径路、すなわちHumanosphere-sustainable pathの必要性を論じた。「熱帯の自然とは、その潜在力を生かす技術とは」では、Demand-basedの温帯型でもなく、Environment-inspiredな熱帯型でもない、新たなNature-inspiredな技術と制度の発達が必要であることが議論された。「地域生存基盤の再生研究」では、インドネシアに具体的な研究の場を設定し、他のイニシアティブと有機的連関を推進しつつ、地域社会に支えられた「持続的森林圏」の創生を考えることについて議論された。「持続型生存基盤と地域の潜在力」では、「生の形式」を高めるために、自然の理解を、従来のような「自然」(the nature)から、私たちの生きる環境のなかの主体としての<自然>(natures)へとパラダイムシフトする必要のあることが論じられた。
「生存圏研究におけるズームイン・ズームアウト」
杉原薫(拠点リーダー、東南アジア研究所)
1. 歴史から見た3つの圏域(Geosphere /Biosphere /Humanosphere) とその定義
2. 3つの圏域(sphere)と研究アプローチ
近代の社会科学は自然を、Geosphereの論理で理解し、Biosphere の論理を考えないことがおおい。たとえば経済学において土地に集約してものごとを考えたり、エネルギーを石炭や石油に還元して考えたり、人間も再生産の部分は考えずに、生産の局面における労働力としてとらえて考えることなどである。しかし、GeosphereはHumanosphereとBiosphere からのインパクトできまるといえる。Operationalに(研究戦略上)3つに圏域をわけて、下記のような関係性について考えることが必要である。
3. 3つの圏域(sphere)における最重要課題とは?
(1) Geosphere: Ecological destabilization
Geosphereの変化に対する人類の対応はどうあるべきか。
E.g.エルニーニョ
(2) Biosphere: Loss of the bio-diversity
人間圏からの介入による生物多様性の低下にどう対応するべきか。
(Biosphereも権利をもっているという思想がある)
(3)Humanosphere: Shortage of clean energy
人口増加のもとでBiosphere,Geosphereへの影響を抑えつつ、エネルギーをどのよう に確保するか。
4. Humanosphere-sustainable pathとは?
1. Productivity-driven path :
選択的資源利用のもとで生産性を高めてゆく径路これまでの温帯を中心とした発展径路
2. Environmentally sustainable Path:
自然資源のもつ潜在力に調和することを第1義とし、生産性向上に重点を置かない径路。環境決定論的
3. Humanosphere-sustainable path:
自然資源の持つ潜在力に調和しつつ、生産性も高めてゆくような径路
(文責 佐藤孝宏 和田泰三)
「熱帯の自然とは、その潜在力を生かす技術とは」
河野泰之(東南アジア研究所)
イニシアチブ1が時間軸を追うとしたら,2では空間的な分布を俯瞰したい.なかでも東南アジアをはじめとした熱帯の自然は他の地域とはどのような違いがあり,その潜在力を生かすための技術を議論していきたい.
例えば農業を例にとるとdemand-basedでは生産・市場・流通を基にするので,生産の安定性とか価格を重視される.その結果として環境を人為的に作り出す環境形成技術,すなわち標準化された技術体系の整備が進められた.これらは温帯型,市場依存型の農業と呼ぶことが出来るだろう.一方,熱帯に適した農業として今後構築していくべきなのはenvironment-inspiredされた環境に適応した技術ではないか.例えば安定的ではない農業生産物を,効率的に配給するシステムなどがそれに該当する.すなわち熱帯型,自給型の農業である.この前の研究会では理系の方々から,地域研究の研究者の主張が地産地消にしか聞こえないという話が出たが,技術の裏づけおよび発達があれば新しい農業体系を構築することが出来るだろう.過去にも緑の革命が起こったときには在来農業から,収量が高いが水資源と肥料が必須の品種へとの転換が行われたという経緯がある.
他の分野にも目を向けると,例えば東アフリカの牧畜だと過去に在来牧畜から土地所有・囲い込み牧畜へと変わって行った時期があったが悉く失敗した.この地域の牧畜は自然の変動が激しいため,広域かつ長期間の変動を活かす方向でないと駄目である.その他にも東南アジアの造林の場合は,天然林の伐採・更新から単一樹種の大規模造林へと変化したが,広い方向性の幅を持った変化ではないといえる.以上のような視点から我々の技術がどこに向かっているのかを評価したい.
研究を進めるにあたって,まずは自然科学の視点から熱帯の自然に関して評価したい.例えばケッペンの気候区分は1923年発案され,その後改良を重ねた.植生分布を気温と降水量から経験的に説明しているが,とりわけデータの少ないアジア・アフリカ地域では不的確である.一方Budykoは1963年に世界の熱収支図を発表し,また蒸発散時の潜熱を介することで熱収支と水収支を同時に表現することで,地球物理から見て意味のある状態量を用いて潜在植生の分布を議論した.このような世界の自然・植生を分類する手法は,単純であり大雑把ではあるが,熱帯という地域を他の地域と比較する際には重要である.
また東アフリカの牧畜では,外的条件が静的平衡しているとして計画を立てたところ失敗した.自然の経年変動が予想以上に大きかったことから,単純な計画では通用しなかったといえる.大きな変動に対して時間に回復を待つ,また空間的に移動して対応するなど,動的な平衡を理解する必要がある.
すなわち空間を限定するのでなく,広域をつなぐ方向へ.時間は単年度・季節から,長期平衡・循環へ.発展メカニ ズムは技術・制度の分離から融合へ.発展の推進力人口増加・市場経済から水・熱資源の効率的な利用・生活活性へ.というのが今後議論する方向性であると考える.
(文責 甲山治)
「時空間の中のバイオマス資源社会」
石川登(東南アジア研究所)
第3イニシアティブでは、生存圏研究所と東南アジア研究所のこれまでの研究の蓄積を踏まえ、「持続的森林圏」をキーワードとして同じフィールドで共同研究を進め、実践的な分離融合を行うべく活動している。
近年、森林破壊の著しいインドネシアにおいて、産業植林は森林再生や関連産業の発展のために重要な役割を持っているといわれる。しかし、これらの拡大に伴い、近隣住民との紛争を引き起こしたり、逆に森林破壊を助長したりすることもあり、地域社会との共存と持続的な森林管理を両立するような「持続的森林圏」の構築が望まれてきている。
これまでの研究会では、産業植林に関連する自然科学・社会科学の様々なテーマ、例えば植林地の土壌養分・炭素循環、泥炭湿地の生態系機能、プランテーション化と小農のコンフリクト、GISを用いた時空間データベースシステム等に関して発表が行われた。また、2008年3月に行われた国際シンポジウムでは、Forest metabolism: Changing Nature of Biomass in Humanosphereというタイトルで、過去400年間のヒトと森林被覆の関係、サラワクのある「バイオマス資源社会」における140年の変遷、Biosphere reserveの重要性、アカシアマンギウム植林による炭素固定・持続的森林管理への可能性と課題について発表が行われた。
具体的に1つの場所を設定し、共同研究を行っていく本イニシアティブは、他のイニシアティブのアプローチを包括的に検証する場としての意義を持っている。例えば、Humanosphereとbiosphereのインターフェースとして産業林を捉えることによって、バイオマス資源社会における技術・自然像――自然物と人工物との間の曖昧な境界線がどう創られていくのか――を考察することができる。また、森林生活圏の変容に伴う在来知の変容、科学技術と在来知との関係を分析することもできる。このような具体的な検証作業によって、他のイニシアティブとの有機的連関を推進し、分析単位や思考枠組みの再組み立てへとフィードバックしていくことができる。
(文責 生方史数)
「持続型生存基盤と地域の潜在力」
田辺明生(人文科学研究所)
イニシアティブ4で考える生存基盤とは、人間が生きる社会・生態的環境のことであり、「生の形式」の質を高めていくことが、目指されるべき目的である。
そのためには、自然と社会の関係を捉え直す必要があると考える。これまでの近代科学観においては、自然は所与のもの、社会とは切り離された別のものとして、操作介入する客体として扱われてきた。しかし、現代の科学技術の発展により身体や環境に対する介入可能性の拡大を見ても、この自然と社会とを分断されたものとして捉えるような理解枠組みのままに論じていくことは難しい。自然を資源とみなし一方的に搾取するような大量消費社会は今後存続し得ないだろうし、生存基盤を持続させる新たな技術を、人間全体の生の質を向上させる新たな制度と実践に結びつけていくための枠組みが必要となってくるのである。
それゆえむしろ自然は、我々人間を含んだ全体的な生命の営みのなかで、人間との相互作用しながらつくりあげられていくものとして捉えられるべきである。本発表ではこれを、従来のような所与のものであり認識され利用される客体としての「自然」(the nature)から、私たちの生きるローカルかつグローバルな環境のなかの主体としての<自然>(natures)へ、という自然理解のパラダイムシフトとして論じた。こうした考え方は、自然と社会を含みこんだひとつのまとまり、ネットワークに対する総合科学を要請する。それは従来のような近代/伝統、グローバル/ローカル、客観科学/固有の世界観の二者択一を避け、近代知と在来知とを共に基盤としながら、両者を架橋し、自然が有する潜在的な可能性を生かす、まさに生存基盤持続型の総合科学である。アジア・アフリカ地域にはそういった持続型生存基盤のための潜在力がある。この地域の地域に根ざした固有の生態・制度・技術・価値・実践(主体性)に注目して地域研究を進めることで、「人―社会―生態」のネットワークのあり方を具体的な場において理解していくことが今後の研究で求められる。
(文責 加瀬澤雅人 木村周平)
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