日 時:2008年5月19日(月) 17:00~19:00
場 所:京都大学東南アジア研究所 東棟2階会議室
テーマ:生存の意味:現代社会におけるその変容をどう理解するか
【研究会の趣旨】
現代の医療技術の発展が一つの契機となって、労働力・生産力の増大=社会の発展という従来の図式の見直しが求められつつある。生存が確保されればよいのではなく、その意味が問われていると言ってもよい。とりわけ発展途上国を含む、世界各地で進展しつつある少子高齢化のなかで、社会の発展と個人の生の豊かさの追求とをどのように具体的に結びつけていくかが大きな課題となってきている。本パラダイム研究会では、脳科学からの発題を基礎に、現代社会における個人と社会の生の豊かさをめぐる新たなパラダイムの形成を議論したい。
報告者: 松林公蔵 「脳科学から見た高齢化社会 -生存の意味をめぐるパラダイム転換」
【報告要旨】
人間の生存レベルには、「生命維持」、「生活」、「社会・文化」、「幸福感」など、いくつかの階層性が考えられるが、その主要な担い手は脳である。3層の脳構造のうち、最も基本的な生命維持を担うのは延髄・橋・中脳などの脳幹部といわれるところで、呼吸、循環、代謝、睡眠などを司る。この脳幹部の機能は、宇宙のリズムと深く同期し調和的である。脳幹部の上層には、大脳辺縁系という構造があり、主として、食欲、性欲、非言語的記憶、情動と関連し、人類の欲望のプロモーターであり、無意識の「こころ」の領域を担っている。人間で高度に発達した最外層の大脳皮質は、大脳辺縁系の要請に応じて、行動を企画し、結果を予想し、遂行する。人類のみにみられる高度な文化と文明構築の最大の寄与者は、もちろん大脳皮質ではあるが、その要請は大脳辺縁系から発せられる。19世紀以前、人類の大脳辺縁系が要請し大脳皮質が実行してきた自然界に対する働きかけは、地球環境の余裕もあって成功したが、前世紀後半ころからさまざまな破綻がみえ始めてきた。人類進化が予想もしていなかった著しい高齢化と人口の増加、それに伴う地球環境の限界である。社会の超高齢化はまた、大脳皮質ならびに辺縁系の社会との調和不全であるアルツハイマー病を生み出した。その頻度は、本邦の85歳以上の高齢者の約3割をしめるようになっている。脳科学の文脈でいえば、「人の幸福」とは、文明の発展や不老不死の追求ではなく、脳と脳が作り出した社会の調和にあるともいえる。どんなに先端医療技術が進歩しても、ヒトが120歳を超えて生存できる可能性は少ないだろう。本講演では、「生存の意味」を実感できる社会について、主として脳科学の立場から考えてみたい。
討論者: 落合恵美子(京都大学文学部) 「アジアの少子高齢化と家族」(仮)
杉原 薫 「生存の経済的基盤と人間的基盤」
【活動の記録】
ゲノム医学が完全に解きあかされ、オーダーメード医療にもとづく再生医療が多くの交換可能な臓器をつくりだすことに成功しても、「脳を交換する」ことに人類が同意するとは思えない。その場合、人間が120歳を超えて生存し続けることは、おそらく困難であろう。人間の脳はこれまで、生命維持機能を担う脳幹部、限りなき欲望の根源となる大脳辺縁系、そして大脳辺縁系の要請を実行してときに制御する大脳皮質との3者の調和のもとに社会を構築し、「生存の意味」をみいだしてきた。「感謝」、「犠牲」、「捨身」、「信仰」といった人間に固有の概念は、大脳皮質が、自己の大脳辺縁系の限りなき欲望をあたかも“制御“するように措定した智慧のようにも思われる。もしも、21世紀の人類の叡智が、生物、生態系、人間の技術•文化の調和の重要性を真に自覚して、「生存基盤の維持」、「生存の素晴らしさ」、「生存の意味」を調和的に実感できる社会をめざすことを決意すれば、パラダイム転換となるかもしれない。
議論
落合先生のコメント
杉原先生のコメント
その他
(文責 生方史数 和田泰三)
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