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「フィールドコラム:ロバは今日もお疲れ」内藤直樹(ナイロビ・フィールド・ステーション)

内藤直樹(アジア・アフリカ地域研究研究科 アフリカ地域研究専攻)
 

ロバはえらいやつだ。遊牧民は乾燥がきつく農耕に適さない場所で、わずかに生える植物を家畜に摂取させ、その家畜たちの出すミルクあるいは肉そのものに依存した生活をしている。私が調査しているアリアールと呼ばれる人々は、ウシ、ラクダ、ヤギ・ヒツジ、ロバを飼育している。このうちロバだけは、他の家畜と違って人間と同じようなかたちの歯があるため、人間と同じ種類の生き物であると考えられている。このため、食用としてではなく、駄用としてのみ飼育されている。またロバは他の家畜とは異なり、放牧に人がついていくことはない。ロバは朝、家畜囲いから放たれると、勝手に草を食べ、水を飲み、夕方になるとまた家畜囲いに戻ってくる。人々の日々の飲料水を水場から運ぶため、町で買った穀物を持ち帰るため、また引っ越しの時に家財道具を積むため、ロバは日々はたらく。


人々が生活する大地は広大である。しかも、雨が降る場所や季節にはかなりムラがある。このため人々は家畜を連れ、頻繁に移動しなければならない。ロバの背には人々の家財道具がのせられ、人々は家畜とともに、水と草を求めて移動し、原野に仮の居住地(家畜キャンプ)をつくる。起伏が少なく、地平線が見えるだだっ広い大地を、炎天下、時には数十キロも歩きとおすのは、なかなかしんどいものだが、荷物まで背負わされているロバの苦労はいかほどか。ロバは人間よりも早く疲れてしまう。歩みが遅くなると、ロバの尻をつえでしばく、しばく。しまいには、けつの穴につえを突っ込んだりする。苦役を強いられたロバは、脱糞をして抗議するが、そのうち、弱々しいおならしか出なくなる。


ロバや家畜や人々が疲れきった頃、どうにか新しい家畜キャンプに適した場所にたどりつく。家畜キャンプの位置は決まっていないが、通常、村の周囲数キロの位置くらいからはじまり、だんだんと遠くに移動してゆき、最終的には村から50キロ以上の距離になる。家畜キャンプは、おもに未婚の男女によって運営される。たとえば500頭くらいのヤギ・ヒツジがいたとある家畜キャンプは、わずかに3人の青年と、1人の結婚前の少女と、5人の少年少女によって構成されていた。一方、村には、小さい子供や、既婚の男女、彼らを養うために必要なわずかな家畜が残されている。


乾燥が強く、村のまわりに家畜を養うに足る水や草が少ない年などには、既婚の男女も家畜キャンプに同行する。妻は涼しい木陰で幼い子供や、キャンプで生まれたばかりの家畜の赤ん坊の世話をしている。ここにはゆっくりとした時間が流れている。太陽が天頂にのぼり、最も酷暑がひどくなる時には、家畜を放牧に出ていた夫や子供たちも木陰に戻ってきて、ミルクティーを飲み、一息つく。昼寝の時間 -人々も家畜も、もちろんロバも- 私が一番好きな時間だ。

 




しかし、こんなのんびりとした時間のもてる日々も長くは続かない。ひとつのキャンプには長くて一か月、短いと2-3日しか滞在しない。ある晩、放牧から戻ってきた人々が、草も少なくなってきたし、向こうのほうに雨雲が見えたからそろそろ移動しようかと話し合っていた。翌朝5時からいつもより1時間もはやく起こされる。皆、あわただしくミルクティーを飲むと、家財道具を再びロバの背に積む。ロバの背からはかわいいヤギの顔がのぞいている。キャンプで生まれたばかりで、まだ歩けない子ヤギたちだ。彼らも生まれて初めての旅に出る。自分の足で歩かないとはいえ、この旅は過酷だ。きっと何頭かは、次のキャンプにたどり着く前に、弱って死んでしまうだろう。遊牧というのは、なかなかに大変な生き方だ。だが人々はまた移動する。今日もロバはおならをするだろう。



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