日 時:2008年7月11日(金)~12日(土)
場 所:京都大学東南アジア研究所・東棟2階大会議室(E207)
※若手研究者養成部会・イニシアティブ4および萌芽科研「防災教育・自然災害復興支援のための地域研究を目指して」共催の合同研究会です。
本シンポジウムは、「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点」の形成を目指した活動の一里塚として、若手研究員の研究成果を取りまとめ、地域研究の新たな展開、少なくともその方向性と可能性について議論し、明らかにしようとするものである。
地域と研究の間に「/」が入っているのには、2つの理由がある。1つは、災害に対して、地域住民は立ち向かうが、地域研究は真正面から立ち向かってこなかった。そのことと関連して、第2には、地域住民と研究者のあいだに、実際の亀裂や懸隔がある。それを明示するための斜線である。したがって、「/」は、問題の所在を示している。
問題があるところに、初めて研究への動機づけが生まれる。問題意識がなければ研究は始まらない。本シンポジウムの初発の問題意識は、以下のとおりである。
災害対策・対応・克服に関わる行政関係者や大学研究者は、「防災・減災・復興のためには、当該地域の住民自身の積極的な関与、コミュニティの役割が重要である」との認識を共有している。しかし最も重要な「地域」あるいは「コミュニティ」の内実は、ブラック・ボックスのまま放置されている。空疎な内実の周囲を空回りしているだけでは、限られた資源を適切に配分し、有効な対策を立てることに限界がある。そのことを危惧し、地域研究/文化人類学からの可能な貢献の一方途として、個別の被災コミュニティの内実に応じた、防災~災害緊急援助~長期復興支援への積極的な関与の可能性を考える。
確かに地域・コミュニティは使い勝手の良い便利な言葉である。しかし一国内においても、ましてや異なる国では、その実態が異なる。地域・コミュニティという言葉の含意とは裏腹に、その実態は均質で友愛に満ちた調和ある集団ではない。地域・コミュニティの内部には、親族姻戚関係、友人知人のネットワーク、政治的派閥、貧富の階差、性差、宗教・民族、年齢、その他によってさまざまな亀裂や分断線が走っている。地域・コミュニティごとにその内実、すなわち成員の構成や生活・秩序の維持・運営のされかたが異なると言って過言ではない。
それゆえ、被災地・コミュニティの歴史背景や現状の政治経済的・社会文化的構成の特徴に応じて、きめ細かに応じた対策を立てることが復興のために不可欠である。とりわけ、アジア地域・アジア各国では、言語・文化を異にする民族が多数共存しており、巨大災害においては複数の民族集団が同時に被災することも珍しくない。(東南アジア)地域研究者が防災~復興の具体的なプロジェクトに、積極的に貢献する可能性と介入すべき理由がある。 また他方では、災害を、生存基盤を揺るがし、ときに破壊する脅威として捉えることをとおして、問題の所在を逆転させ、そもそも生存基盤とは何か、それを持続させるためには何が必要なのかという問題について考え、生存基盤という概念自体を鍛えあげることをめざす。さらには、災害に関わる諸問題への取り組みをとおして、地域研究と文化人類学の再活性化の可能性を考える。単に院生の就職先として災害関係プロジェクトや機関がありうるというだけでなく、ディシプリンそのものの概念や方法の鍛えなおしも目指している。人間の(全生命体の?)生存基盤には、さまざまなレベルがある。何よりもまず、各個人の身体そのものが生存の基盤である。新生児や乳幼児にとっての母と父、長じては家族・親族・社会もまた生存の基盤となる(ヒトのみが家族・親族および群れ・社会という二つのレベルの集団を生存の基盤として有する)。さらには、地域社会、ネットワークで結ばれた諸関係、そして国家もまたひとつのレベルの生存基盤である。そして水・空気・土地を要素とする全体的な生態・自然環境もまた、不可欠の生存基盤である。
そうした異なるレベルでの生存を揺るがす脅威として、本シンポジウムで念頭に置いている災害は、具体的に、1)重篤感染症、2)地震・津波、3)台風・大雨・洪水、4)旱魃・塩害、5)紛争(戦乱)、… などである。すなわち、きわめて短時間のあいだに安寧な日常生活の存続を困難あるいは不可能とし、人の生き死にを左右するような出来事である。
【個別の発表要旨】
1. 生存基盤が壊れるということ:ピナトゥボ山大噴火(1991)による先住民アエタの被災と新生の事例から
清水展(京都大学東南アジア研究所)
1991年6月の西部ルソン・ピナトゥボ山の大噴火は、同時期に起こった雲仙普賢岳の600倍、20世紀最大規模の爆発であった。その直接で最大の災害を受けたのは、ピナトゥボ山麓で移動焼畑農耕を主たる生業として、自給自足に近い生活をしていた約2万人の先住民アエタであった。彼らの家屋や畑は数十センチから1メートルの灰に埋まり、全員が集落を捨て一時避難センター、さらに再定住地への移住を余儀なくされた。その後も数年にわたり、大雨のたびに繰り返し襲ったラハール(土石流氾濫)によって、集落のほとんどは数十メートルの土砂に埋まった。
今回の発表では、アエタの被災と復興の十年におよぶ歩みを紹介し、生存基盤が壊れるということがどういうことなのか、逆に彼らにとって生存基盤とは何なのかを考える。 また、フィールドワークを主たる研究手法とする人類学者や地域研究者が、災害と関わることによって、「学」そのものにどのような可能性が拓かれるかも考えたい。できれば、東南アジア研究所やASAFASの存在理由である「地域研究」の再考・再想像(創造)まで考察を進めてみたい。
2.「災害に強い社会」を考える:2004年スマトラ沖地震津波の経験から
西芳実(東京大学大学院総合文化研究科)
2004年12月に発生したスマトラ沖地震津波は死者・行方不明者20万人を超える未曾有の自然災害として世界の関心を集め、特に震源地に最も近く多数の犠牲者を出したインドネシア・アチェ州は大規模かつ国際的な救援復興活動の対象となり、国際援助機関・各国政府・NGOといった人道支援の実務家のみならず、市民ボランティアや報道関係者・研究者が現地で活動を展開した。こうした災害を契機に新たに始められた外部社会から地域社会に対する働きかけは、対象となる人々から予想外の反応をしばしば得ることになった。本報告ではこうしたズレが生じる背景として、外部社会からの働きかけの前提となっている地域認識に注目し、被災状況ならびに救援復興活動の評価に被災前の状況を踏まえた地域理解を導入することでズレを理解することを試みたい。
3.「都市のリスクと人びとの対応:バンコクのコミュニティにおける火災の事例から」
遠藤環(埼玉大学経済学部)
本報告では、2004年4月に大火災によって全焼した都市の密集コミュニティの事例を取り上げる(約800軒が全焼、8000人が被災)。火災は、主に都市下層民が集住するコミュニティが潜在的に抱えるリスクの一つである。ただし、一旦火災が発生すると、都市下層民、特にインフォーマル経済従事者は、住居のみならず生産手段を失うため、生活や労働のいずれの側面にも甚大な影響を受けることになる。また都市下層民、およびコミュニティは決して一枚岩ではないため、復興過程は階層性を帯びている。本報告では、都市のリスク、コミュニティに関して簡単に定義した上で、人々のリスク対応過程に注目する。復興過程の階層性をふまえながら、主に居住と職業の面から検討する。住居再建に関しては、政府の介入がむしろ、様々な対立を生み、恒久住宅完成に4年という月日を要した。復興過程が長期化した要因に関しても最後に考察を加えたい。
4. 「地震の不安と地域社会:トルコ、イスタンブルの事例から」
木村周平(京都大学東南アジア研究所)
トルコ共和国イスタンブル市は、近い将来、大きな地震が襲うことが予想されている。このことが市民に明らかになったのは1999年に近隣で発生した地震(マルマラ地震)の際であった。イスタンブル市民の災害に関する意識はこれをきっかけに急速な高まりを見せたのち、しかし現在は急速に冷え込みつつある。本発表では、そうした状況下で奮闘している、住民レベルの防災活動のひとつの事例を紹介し、この活動に人々がどのように関わりあっているのかを追うことで、未来の災害に立ち向かう「地域」とは何なのかについて考察したい。
5. 温暖化および気候変動にどう対応するか?:水災害を事例として
甲山治(京都大学東南アジア研究所)
2007 年,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は,第4 次評価報告書第1 作業部会報告書において,平均気温の上昇,平均海面水位の上昇,衛星観測を用いた雪氷域の広範囲の減少などから,全球的な気候システムの温暖化は疑う余地がないと断定した.一方,気候変動は一概に断定できるものではなく,特にローカルなスケールごとに異なるメカニズムが存在するために,その理解が一層複雑である.
本発表では,気温上昇の影響を顕著に受けつつある中央アジアの水循環と水災害を中心に,地域が気候変動にどう対応していくかを議論したい.また日本や他の地域で行われている最新の研究成果も合わせて紹介することで,各地域で懸念されておる影響に関して紹介する.
6. 農業水利変容とその影響:インド・タミルナドゥ州の事例
佐藤孝宏(京都大学東南アジア研究所)
気象学および環境学的事象として取り扱われる場合、旱魃は「土壌水の枯渇と植物の障害を引き起こすに足る長期間の無降雨」と定義される。しかしながら、降雨によってもたらされる水は、各産業における生産基盤としての性格も有している。水をめぐる問題を考えるとき、自然科学的な視点のみならず、社会経済的な視点からの検討は不可欠である。
1947年の独立以来、灌漑施設整備はインド政府における農業開発の中心的役割を担ってきた。しかしながら、水源開発の中心はダム関連事業や井戸整備に置かれ、地域環境条件に調和するよう歴史的に発達してきた溜池のような在来技術はカヤの外に置かれた。1950~95年の45年間にインド国内における灌漑面積は3倍以上に増加したものの、その恩恵はすべての人々に与えられたわけではない。水循環の単位である河川流域の間のみならず、流域内部、ため池受益地内部など、あらゆる空間レベルで水へのアクセスに格差が認められ、そのことが地域住民の生活に大きな影響を与えている。本発表ではインド南東部のタミルナドゥ州を事例として、異なる空間スケールにおける農業水利の変容を概観するとともに、水資源の経済学的評価も加えながら、「水」の持つ生存基盤としての意味を再検討することを目的とする。
7. 塩と共に生きる?:タイ東北部における塩害と生存基盤
生方史数(京都大学東南アジア研究所)
災害というと、我々は、地震、津波、洪水などのような突発的に起こる激しい災害や、旱魃などのような、因果関係や症状が「見えやすい」災害を想起しがちである。しかし、激しくはなくとも、ゆっくり、しかし確実に進行していき、しかも「見えにくい」災害も存在する。
本発表では、タイ東北部における塩害を事例に、その発生メカニズム、これまでの国や諸機関の対策、そして被害を受けた現場の実態を紹介することで、塩害のように因果関係や症状が見えにくく、漸次進行していく災害に対して、国家や住民が対応する際に生じる問題点について議論する。そして、このような種類の災害に対しては、国も住民も社会セクターも、現時点で実行可能な対策が非常に限られていること、それゆえに、現場の論理として「災害と共に生きる」という視点が重要になることを強調したい。
8. ウイルスと民主主義:エチオピアのグラゲ県におけるHIV/AIDS問題と地域社会の取り組み
西真如(京都大学東南アジア研究所)
世界のHIV感染者は3,300万人にのぼる。そのうち約3分の2が生活するサハラ以南アフリカでは、HIV/AIDSは社会機能の崩壊をもたらす恐れのある、深刻な災害のひとつだと見なされている。
もっともエイズが「死の病」とされたのは、過去のことである。効果的な抗ウイルス治療の確立によって、感染者における平均余命の顕著な延長が報告されてきた。このことは、より多くの感染者が、より長いあいだ社会の中で生活することを意味する。HIV/AIDSは、単純に撲滅できる感染症、あるいは回避しうる災害だと見なされるべきではない。必要とされているのは、ウイルスおよびウイルスとともに生きる人々と共存しうる社会である。本報告では、エチオピアのグラゲ県における地域住民のHIV/AIDS問題への取り組みを紹介する。同県では、地域の伝統的リーダーが中心となり、在来の社会制度を活用して感染予防および感染者へのケアを推進する、ユニークな取り組みが行われてきた。またそれら取り組みの有効性や妥当性をめぐり、住民間で活発な議論がなされている。本報告では、グラゲ県住民による取り組みや議論の考察を通して、感染者と非感染者の生活が、ともに持続的であるような民主的な社会の条件について考える。
9. 自然災害で現れる「地域のかたち」--インドネシアの地震・津波災害の事例から
山本博之(京大地域研究統合情報センター)
2007年9月のスマトラ島南西部沖地震発生直後の現地調査をもとに、被災で表われる「地域のかたち」をどう読み解くかを考える。それぞれの社会は被災前からそれぞれ課題を抱えており、その解決のために努力している。被災はそのような課題を(外部世界の人々を含む)人々の目に見えやすくする契機となる。
自然災害の緊急・復興支援では、被災前の状態に戻すことが目標とされ、支援プログラムを作るために被災者のニーズ調査が行われる。ただし、被災者が語るニーズを重視しすぎれば、「地域のかたち」のように言葉で語れないものに関するニーズは支援の対象から漏れることになる。
生存基盤の議論は、主にそれをどのように手に入れるかという観点から語られてきた。しかし、グローバルな協力が行われている今日の国際社会では、生存基盤をどのように「手に入れるか」だけでなく、どのように「与えるか」も重要である。被災で「失われたもの」「壊れたもの」を元に戻そうとする「生存基盤補填型」の支援だけでなく、被災社会が被災前から抱えている課題などを踏まえたうえで、被災を契機によりよい社会を作るという発想に基づいた生存基盤持続型の支援が必要である。
一日目は、地震や津波、火災といった、突発的な災害の事例が紹介された。これらの事例では、防災や復興の局面における「コミュニティ」と、政府や援助機関との関係が議論された。コミュニティは防災や復興の重要な担い手とされるが、住民間の緊密な関係が、少なくとも政策立案者が想定するかたちでは存在していない例や、災害を契機に住民間の利害対立が先鋭化する例がある。
一日目の総合討論においては、災害の当事者の間にある分断や格差を前提として、地域/研究による災害への取り組みを理解しようとする議論がなされた。防災や復興に取り組んだ経験をもとにして、特定の地域で生活する人びとの間に緊密な関係が成立する可能性が指摘された。また地域を越えて、同じ災害を経験した人びとの間に「被災地のネットワーク」と呼びうるような連帯が成立していることが挙げられた。加えて、災害の直接の当事者と、研究や支援といったかたちで当事者に関わるステークホルダーとの関係に注目し、issue-orientedな地域研究を確立してゆくことの重要性が指摘された。
二日目は、気候変動や水不足、塩害、HIV/AIDSなど、漸次進行する災害についての事例が紹介された。これらの事例においては、市場経済化や近代的所有制、あるいは民主主義の浸透といったグローバル化の様々な様相が深く関与していることが示された。
二日目の総合討論においては、大きく二つの点――災害援助において地域研究者がいかなる役割を担えるのか、そして、現場の知をどのようにとらえていったらいいのか――についての議論がなされた。
地域研究者は個々人の生活の視点から地域を捉え、また災害以前の社会状況や諸問題を踏まえながら、災害における地域特有の問題への対処方法を、政策立案者ややNGOに提示してきた。しかし地域研究者の提示する情報は、公的な援助機関が必要とする「客観的な情報」とは異質なものと受け止められたり、復興支援に携わる技術者の知見と相容れない部分があると見なされることがある。地域研究者が他の災害復興の関係者と協働するため、両者の間でコミュニケーションを確立する必要があるとの意見が述べられた。
またこのこととも関連して、これまで災害復興活動の基盤を支えてきた知が客観的な分析による知に偏重してきたことへの批判も多々挙げられた。地域のあり方を確定し復興のための「正しい」道筋を断定するという、これまでの知のあり方そのものを批判的に捉えなおし、多元的な知をつなぐ運動としての地域研究を目指すべきだという意見が述べられた。
(文責:加瀬澤雅人、西 真如)
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