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日 時:2008年7月22日(火)14:00~17:00
場 所:京都大学農学部総合館西棟W306講義室
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_n.htm
*ご講演後,18時よりカンフォーラ(京大時計台前)にて
懇親会を予定しております。
内容(予定)
1.アジア・太平洋地域の森林資源の動向と課題
~ Sustainable Forest Management (SFM)の実現に向けて
2.森林資源管理の現実 ~ 現場での活動で見えてくるもの
【講師略歴】
樫尾昌秀 (かしお まさひで)
三重大学農学部林学科卒。東京大学大学院在学中、1972~73 年に青年海外協力隊員としてタンザニアへ。
帰国後、大学院に復学して研究を続けながら、環境影響評価会社の森林環境・植生に関する主任研究員や、誕生したばかりの国際協力事業団(JICA) の特別嘱託を通じてフィリピン、マレイシアの森林を調査。
1983 年からバンコクの国連食糧農業機関(FAO)アジア太平洋地域事務所に勤務。
現在は、アジア太平洋地域森林資源官として、アジア太平洋地域の国々をまわって森林資源の調査、森林管理の改善や森林造成の技術指導、森林環境と動植物種の保全などに従事している。
【活動の記録】
第1部
1. FAO国連食糧農業機関 とは
1945年に始まった機関であり,農業と食糧を扱う専門機関である。日本語だと狭義の言葉として捉えられるが,英語の「Agriculture」とは,水産・農業・畜産・林業を含んでいる。FAOでは,それら第一次生産における問題のみならず,それらから派生する様々な問題(例えば,地域社会における栄養改善・生計の成り立ち等)も扱っている。また,発展途上国に対しては,政策提言や人材育成なども行っており,近年の慢性的な食糧不足への対策も講じている。
2. 樫尾氏のFAOにおける仕事
森林資源の動向の把握を行ったうえで,目的に応じた森林の管理方法の提案・改善を「生態学的・造林学的」な観点から行っている。また,今日まで残った天然林をこれ以上破滅させないよう,野生動物の保護も視野に入れた国立公園の保護を行っている。
3. 森林の定義
一般的には「自己施肥機能と自己再生機能を持った高さ5m以上の木本植物によって成立している植物群落」と定義されているが,アジア各国では,それぞれ森林の定義が異なることから,比較検討を円滑に行うため,FAOでは「樹冠の地面への垂直投影面積が10%以上の面積0.5ha以上の土地」と定義した。
人工林や竹林も森林の一部として定義している。またゴムの木は,近年木材としての需要が高まってきたため,森林として定義している。しかし,収穫するものが,オイルである場合,つまり農産物を産出する場合は,森林として定義されない。
4. アジア・太平洋地域での森林の種類
さまざまなファクター(気候帯・標高・成立・構成種・遷移段階・自然条件・立地等)によって,森林の種類が異なってくる。
5. 森林管理の歴史的変遷
植民地以前,地元の人たちは,自給自足経済に乗っ取った生活をしていたが,植民地経営のもとでは,植民地宗主国が,自国の富を得るために森林を経済的価値のあるゴム・茶などのプランテーションに変えていった。
世界大戦後,インドネシア・フィリピン・ビルマ・マレーシアなどの国々が,独立し国を造っていく際に,どうしても資金が必要であった。そのため,森林を伐採して,森林資源によって外貨を得た。その後,伐採地を農作物生産地に転換・管理し,資金を得ていった。つまり,森林資源が国造りに貢献し,戦後の食糧増産にも貢献したと言える。
以上のように,他の分野からの要請に応じて森林資源を放出していったことが,森林の歴史的変遷の概要である。しかしながら,土地管理といっても,どちらかといえば敗退の道だったとも考えられる。
このような歴史は,現代の熱帯地域のみならず,エジブト・メソポタミア・黄河文明でも起こっていたとの言い伝えが ある。古代の文明地では,その昔,豊かな森林があったが,森林を切り倒したことで水循環が崩れ,土壌が敗退し,文明が荒廃したと言われている。
6. 森林の劣化と消失
(1) 森林の劣化
森林劣化の原因としては,焼畑・放牧が挙げられる。放牧を行っている人々にとっては,「家畜の頭数=銀行預金」のような観念があることから過放牧が進みがちである。また,自給自足から貨幣経済への移行,人口増加,自然への価値観(畏敬の念)の損失も原因としてあげられる。
(2) 森林の消失
このわずか40~50年の間に,森林が急激に減少した。これは未曾有の出来事に,我々が直面していると考えられる。森林資源の動向としては,天然林に依存する林産業は,行き詰ったと言える。インドネシアでは,経済ベースの開発が始まって,わずか13年後に天然林では行き詰ってしまった。日本では,人工林から木材をとることは,普通の観念であるが,熱帯においては,そのような観念が25年前までなく,熱帯地域における人工林を用いた林産業は,始まったばかりなのである。
また林産業だけでなく,天然林よりも農耕地に変えた方が,生活が豊かになるということで,大規模な農業プランテーションが行われ,ゴムのプランテーションも盛んである。土地利用が変化したことにより,土壌の保水力が失われ,斜面崩壊が至る所で見られる。
さらには,森林資源そのものを目的としてではなく,鉱物資源を得るために,森林を伐採し地表を掘り返すことも多くみられる。近年の鉱物資源への需要から,鉱物資源開発に絡んだ森林破壊が起こっている。
7. 森林資源の把握と評価
(1) 森林資源の把握
1950年~1960年代:航空写真と標本抽出調査
1970年~:人工衛星LANDSATデータを用いた把握
人工衛星を用いた調査が中心となってきているが,標本抽出調査は,衛星データとともに用いるデータセットとして不可欠である。
木材資源の生産においては,地域住民の生計向上の観点から,また,木材中心だと土地を巡って,企業と住民との衝突が多かったため,木材資源から非木材資源への転換が進んだ。
(2) 森林資源の評価
森林資源の評価においては,近年,多面的な(水・土壌・防災・保健休養・行楽)評価が行われるようになってきた。また,森林資源を採取するのであれば,天然林からではなく,人工林から資源を得るという考え方に変わってきた。
8. 環境問題の発生
環境問題が,クローズアップされるようになってきてからは,開発志向型の開発哲学そのものに疑問が持たれるようになってきた。
9. 現状と将来
天然資源の枯渇:石油資源(ガソリン)は,復元型・循環型の資源ではない。
熱帯林消失:現状として,アジア地域において原生林は,もうほとんどみられない。
食糧の安定自給:日本の自給率は,20~30%である。主食であるコメの自給率は,100%に近いといわれているが,結局は,石油起源の農薬や化石燃料に依存した農業機械が使われており,石油が枯渇すれば,日本の米農業も崩壊する。
石油文明への懐疑:石油文明が,持続可能な社会経済体制であるのかを問い直さなければいけない。
持続可能な天然資源管理:持続可能な資源管理を行うには,政策の転換が必要不可欠である。
*FAOから出版されている森林面積等の情報について
国によって,数値の精度が違う。
第2部(樫尾氏の最近の調査より)
~インドネシアで津波被害を受けた地域での植林活動~
アチェ州の海岸沿いのクルノー村は,2004年の12月に起こったインド洋津波の被害を受けた。この地域において,開発・再生に向けた支援を行っている。この支援は,日本政府が400万ドルを投資して行っている。
海岸線沿いのこの地域において,緑化のためにココナッツヤシを植えて,植林活動を行っている。実の中に栄養と水分があるので,少しは乾燥に強いのだが,水が厳しいところでは,根付きが悪い。この地域では,植えた苗木がほとんど育たなかったため,それを調査した。苗木は,ポットで育てられるが,そのポットに入れたまま植えていたため,苗木が死んでいたことが分かった。もう一つの原因は,ポットの中に粘土の塊が,入れられており,根の生長を阻害していたと考えられる。これらの指導は,FAOが委託した企業によって行われていたが,なぜそのような指導をしたのかは,見当がつかない。
~インドネシアのマングローブ林の現状~
インドネシアは,マングローブ林を保有する国であり,この真水と海水が混じった部分のマングローブ林を養魚場にして,開発してきた。現在では,その開発の影響で,マングローブ林は,全滅に近く壊滅状態である。
またある村では,インド洋津波の前には,すでにマングローブ林が消失していた。村人に聞いたところ,マングローブ林を焼いて炭にして売っていたという。この地域で,湿地林の造成地を行っていたのだが,苗木の生存率は,20%であった。この原因も,ポリエチレン袋の中に入れたまま,苗木を植えていたことにあった。また,土に固い粘土を入れている。この指導も,FAOのコンサルタント会社(FAOからの委託を受けた民間会社)からの指示で行っていた。
~インドネシアの森林破壊の背景~
インドネシア政府は,スマトラ島の低地森林をつぶして,ゴム・油ヤシ園を作ろうとしている。ジャワ島から人を移住させ,この開発に従事させている。しかしながら,インドネシアの森林行政は,実務を民間に任せていることから,賄賂が横行し,不法伐採が絶えない。低地林は,今後さらに変動していく可能性がある。
山の国有林を伐採し,違法伐採によって畑が作られているところが多くみられる。これは,投資家たちが,貧困層にお金を渡して違法な森林伐採をさせているのである。そして,利益の大半を投資家たち(お金を持っている村人)が持っていく仕組みになっている。このように,違法伐採を指示しても逮捕されないのは,賄賂があるからであり,このようなシステムは,インドネシアでよく見られる。
~まとめ~
村人たちの要望は,今の生活よりも,経済的に豊かになることである。環境問題や地球環境などには,全く興味を持たず,聞く耳を持たない。そして,それまで自然に極めて近い場所に住んでいる人々が,金銭欲・物欲の情報を得てしまうと,今度は歯止めがかからなくなる。昔の教訓を学ぶことは難しく,自分たちで経験することでしか学べない。 FAOでの森林調査は,生計向上につながるために調査をすることが目的ではあるが,金儲けの手段を持ち込むことにもなるため,その影響は常に危惧している。特にインドネシアでは,拝金主義の傾向にあり,島の近代化・開発・発展と自然との共生(環境保護・保全)を,どのように成り立たせていくのかが大きな課題である。しかし実際に,地域開発と生計向上を成り立たせるのは,非常に難しいと実感している。
(文責者 小林祥子)
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