日 時:2009年1月19日(月) 16:00~18:30 (その後懇親会あり)
場 所:京都大学稲盛財団記念館 3階 大会議室
講師:関雄二(国立民族学博物館 先端人類科学研究部教授)
コメンテーター: 永渕康之(名古屋工業大学 大学院工学研究科教授)
関先生は昨年、考古学においてきわめて権威ある濱田青陵賞を受賞された文化人類学者で、アンデス地域においてインカ帝国以前の「形成期」と呼ばれる時代がご専門です。
近著に『古代アンデス権力の考古学』(2006年、京大出版)や『文明の創造力』
(共著、1998年、角川書店)などがあります。その一部や関連資料のコピーを東南研東棟1階GCOE研究員室に置いておきますので、どうぞ事前にお読みください。
発表趣旨:(発表者による)
人類学に考古学的研究方法が適用できるとすれば、その最大の利点は、比較的長い時間軸を設定した上で、文化の変化を見ていくことが出来る点であり、事実、この考え方に沿って文化変化理論、社会進化論などの面で多くの貢献がなされてきた。たとえば、私が研究の対象としてきた中央アンデス地域に関して言うならば、インカ帝国に代表されるような複雑な社会組織や権力がどのような過程を経て成立し、他地域の文明形成、国家形成とどのように異なるのかという問題意識を抱えながら展開してきた。今回の発表では、こうした複合社会の成立過程を権力に焦点を当てながら解明する試みの一端を披露したい。 国家形成の過程や特徴を論じる際に、古代社会の権力に様相に着目し、これを支える経済、軍事、イデオロギーという3つの基盤的要素(権力資源)を使って説明する方法が、近年の欧米考古学で注目を浴びている。この場合、権力とは、リーダーや支配者が他の人々に行使する支配力と仮に定義しておく。
権力資源の一つ目の経済は、生態環境を基盤にできあがっている。たとえば人間の手で加工されて生まれる生産物や技術、あるいは交換へといった対象へのアクセスを排他的、限定的にすることは、権力の基盤となる。単純な原理だが、人間が生きていくために必須な食糧などがこれに含まれることを考えれば、その効果が絶大であることに気づく。 これに対して、軍事は強制的な権力行使を発揮するものといえ、権力の拡大にとっては重要な要素である。しかし、同じ武力が謀反、造反などに向けられる可能性も高く、権力基盤としてはやや不安定である。
最後のイデオロギーは、信仰、行為、儀礼、物質文化の特定のパターンを通じて、どのように社会や政治組織が成立しているのか、権利や義務がなぜ存在するのかといった社会秩序のコードを示すものと位置づけられる。権力構造を確立し、規則の行使を制度化する基盤であり根拠を示すものと言えよう。しかし、その実態は、不可視的な要素が強く、またさまざまな社会組織、集団が独自に内容を持ちうる点で、権力基盤としては脆弱である。
以上の権力基盤は、どれが重要であるとは一概に言えず、単独では用はなさない。密接に絡み合い、相互依存的な関係を持つ。いずれにせよ、個々のリーダーの政治的な成功、すなわち権力の獲得は、これら権力基盤へのアクセスをいかに限定し、独占していくかにかかっている。しかも、こうした権力基盤が互いに組み込まれ、統御されていく様相は、文化、あるいは国家によって異なる。
以上の枠組みをもって、近年、発表者が携わる南米ペルー北高地の発掘調査データを解析していきたい。対象となるワカロマ遺跡やクントゥル・ワシ遺跡は、いずれもアンデス考古学上、形成期(前2500年~西暦紀元前後)と呼ばれる時代に属し、巨大な祭祀建造物を核としている。国家が成立する前の時代である。また比較の視座を確保するために、ペルー北海岸で成立したアンデス史上最初の国家社会とされるモチェにも言及する。
【活動の記録】
本研究会ではこれまでのパラダイム研究会の主要な舞台であったアジア・アフリカ地域から離れ、アンデス地域における「形成期」と呼ばれる時代に関する考古学的な研究成果が報告された。
報告者である関教授(国立民族学博物館)は、40年にわたる日本の調査の成果を踏まえ、権力という問題に焦点を当て、経済・軍事・イデオロギーという権力資源のコントロールの変遷という側面からこの問題にアプローチした。土器片や頭蓋骨の形、灌漑水路跡、基壇の築かれ方、器に残るデンプン粒などの多様なものを通じて、こうした権力資源がどのように生産され、流通したのかを可視化し、読み解いていく考古学的思考は、現代の社会について「権力」や「国家」などの抽象的で不可視なものを分析する人文・社会科学者に大いに刺激を与えた。加えて、図像や武具の分析、同位体分析やコラーゲン分析などを利用するその手法は、まさに文理融合的であり、GCOEの目指すところにとっても示唆的であった。
質疑応答においては、まずコメンテーターの永渕教授(名古屋工業大学)から、東南アジアにおける王権論と関係づけつつ、本報告の根本を捉えた質問が示された。それは、(1)事例としての諸社会の提示の仕方に含まれる進化論的パースペクティブについて、(2)権力という問題を経済・軍事・イデオロギーの3つのカテゴリーから論じることについて、(3)権力というものについて(権力というものは必ず存在しなければならないのか)、および(4)長距離交易と交換という問題について、である。またフロアからは、当時の社会におけるミクロ・ガバナンスのメカニズムについて、および遠隔地交易を何が支えていたのかについて、また神殿の規模を拡大する基盤と経済の関わりについてなど、多くの質問が出た。これに対して関は、考古学においては実証的な分析が求められるため、すべての質問に答えられるわけではないとしながら、それぞれの質問について、具体的な調査成果にもとづいて回答した。またその回答のなかでは、権力が巨大な祭祀施設を生み出す要因になったのではなく、祭祀施設を作り出すという実践を通じて、結果的に権力が生み出されたのではないか、という仮説も提示された。
関も報告の冒頭でふれたように、アンデスは5大文明のひとつであり、そこでは他の文明同様、ローカルな生態環境との関わりで社会が作り出され、それが多様な環境へと広がっていくというプロセスが見られる。本報告でその一端が示されたアンデス文明の発展のあり方には、西洋型ではない、別の発展のあり方について考えるための示唆が含まれている。
(木村周平)
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