日 時:2009年2月17日(火)13:00~16:30
場 所:稲盛財団記念館 東南亭(201室)
報告者と論題:
Dr Pierre Van der Eng (Australian National University)
Government Promotion of Labour-Intensive Industrialisation in Indonesia, 1930-1975
Dr David Clayton (University of York, U.K.)
The Political Economy of Broadcast Technologies in the British Empire, c.1945-1960
第一の報告は、Van der Eng氏がビジターとして2月9-17日まで東南ア研に滞在されるのを利用して、Gareth Austin and Kaoru Sugihara eds, Labour-intensive Industrialization in Global Hisotry (Routledgeより刊行予定)に寄稿していただいた論文を御報告いただきます。
拠点事業で進めてきた東南アジアの労働集約型工業化の議論とも直接関係するテーマです。
第二報告は、グローバルCOEのイニシアティブ1で進めている「環境、技術、制度の長期ダイナミクス」に関連した招いたClayton氏に、最新の研究テーマについて御報告いただきます(この部分は、グローバルCOEとの共催です)。氏は、香港の労働集約型工業化についても研究されていますが、今回は、ラジオの導入をめぐる、国際政治とイギリスの経済的利害の関係について、興味深い示唆が得られるものと期待されます。
第一報告では、1930年代から1975年頃までのインドネシアにおける労働集約型工業化がどの程度進んでいたか、また政府はいかなる促進策をとったのかが議論された。工業化政策のなかに中小工業への支援策は存在したが、あまり機能していなかった、しかし中小工業の規模は決して小さくはなく、また衰退していたわけでもなかったことが推計で示された。その意味で、「東アジアの奇跡」の一翼を担った1980年代以降の工業化(今度は石油価格の高騰という別の原因で政策にバイアスがかかるのだが)でようやく開花する労働集約型工業の基礎条件がそれまでの長い懐妊期間のあいだに形成されたと言えなくもない。
第二報告では、イギリス帝国におけるラジオの普及がどのようにして行われ、それがいかなる政治的、軍事的、経済的、社会的な意味を持ったかという問題が、インドや東南アジアの例を引きながら論じられた。イギリス政府が普及に熱心だった背景としては、政治的軍事的な観点からの「情報戦争」の色彩がきわめて強く、BBCの国際競争力もその重要な要素だった。同時に、イギリスによるラジオの普及促進が、その意図を越えて、戦後、アジアの言語による多くの放送局の成立や、日本のラジオ輸出の急増を結果するなど、新たなかたちでの「補完性」がアジアのコミュニケーション・インフラの高度化につながったことも指摘された。
(文責:杉原 薫)
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