■これまでの研究内容
社会の持続可能性に対して、自然災害はもっとも深刻なリスクのひとつである。そして現代、世界規模で近代化・産業化が進展する一方で、災害による被害は拡大しつづけており、さらにその被害においていわゆる途上国が占める割合がきわめて高くなっていることが、統計的に明らかになっている。この事実は、災害という問題を考える際に、自然科学・工学的なアプローチに加えて、社会・文化的な側面から捉える視点の重要性を示すものである。
私はこうした視点から、トルコ共和国のイスタンブル市を中心的な対象地域として調査・研究を進めている。トルコが地震国であり、1000万人以上の人口を擁する最大の都市イスタンブルが北アナトリア断層と呼ばれる活発な断層帯の西部に位置していることはよく知られているが、この断層は現在、東から西へと連続して震源を移動させながら地震を発生させているといわれている。そのため1999年に2万人弱の死者を出す大きな地震災害(マルマラ地震と呼ばれる)がイスタンブルのすぐ東で起きると、将来の災害の被害を軽減することに大きな社会的な関心が集まるようになった。
しかし、人々の関心が高まったからといって、イスタンブルの災害脆弱性がすぐに改善されるわけではもちろんなく、その活動は様々な問題に直面している。このような状況下にあるイスタンブルにおいて、私は災害脆弱性の構築を、急速な都市化と災害対策や住宅に関わる政策の変遷、およびトルコ地球科学の発展の相互に絡み合った歴史として示した。またこれに加え、私は文化人類学的な手法を用いて複数の場(防災に関わる住民組織、行政による都市計画、地震観測所)における災害や地震に関わる活動を記述することで、問題の明確化につとめている。
■今後の研究
GCOEにおいては、これまでのトルコについての人類学的な災害研究を、持続型の生存基盤というより広い研究の射程のなかに位置づけつつ、様々な分野の研究蓄積にも目を配り、さらに前進させいくことを考えている。その際に中心的な課題として想定しているのは、以下の、相互に関係しあう3つの項目である。
一点目は、人々の住環境とリスク意識の関わりである。特に私が調査している地区の住民において、20世紀後半は、住環境の大きな変化を含んでいたが、そうした変化はもちろん、建設の担い手や資材の流通、建築技術、またそれを支える社会的な制度、家族形態のあり方などの相互連関的な変化のなかで引き起こされたものである。こうした住居をめぐるネットワークの変化をあとづけるとともに、それが人々のリスク認識や社会関係に与えた影響について検討していきたい。
二点目は、住民の間に流通する知識である。災害研究や防災行政では、価値観から土木技術に至るまでのローカルな災害対応の知識の体系が「災害文化」と呼ばれ、その醸成が重要な問題となっている。ここでは、発災後10年のマルマラ地震に関する被災者の意識の変化や教訓化、あるいは忘却という問題を通じて、ローカルな知識と科学的な知識の関わりあいについて考察し、そこから「災害文化」概念の再考を試みる。
三点目として、リスクと安全という概念について検討することを考えている。自然災害は一般に、発生確率は低いが起きると大きな被害をもたらすリスクとして論じられている。しかし、いまだ発生していない災害をリスクという視点から捉え、事前に対策を取ることは、とりわけ住民の立場から見ればきわめて新しい営為であり、様々なアクターの間で社会的な葛藤を生み出してもいる。こうした社会的リスクに関わるメカニズムと葛藤の理解を通じて、持続型の社会的な仕組みについて考えていきたい。
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