現在までの研究内容
西はこれまで、エチオピアでのフィールドワークにもとづいて、同国におけるエスニシティ形成と国家制度との相関についての研究、および住民組織の活動に関する研究を実施してきた。
このうち住民組織の活動に関する研究では、エチオピアのグラゲ道路建設協会の事例を取り上げ、現代アフリカにおける公共性と社会開発の議論について、批判的な検討をおこなった。従来の開発研究においては、いわゆる住民参加の手法によって民主的な開発実践が実現されると考える立場と、これとは逆に「参加」の言説は、政府や援助機関の意向を住民に押しつけるための手段に過ぎない見なす立場との間に論争があるが、これらの立場はいずれも、政府や援助機関が開発の主体となることを前提にしたものである。これに対して西は、フレイザーの対抗公共性の理論等を踏まえつつ、エチオピアの地域住民が主導する開発実践を通して、社会的な排除や抑圧に対抗する公共性が構築される可能性を提示しようとした。
エチオピアのグラゲ道路建設協会は、同国南部のグラゲ県の農村から首都アジスアベバに移住した人々(グラゲ移住民)が、故郷の村に道路や学校を建設する目的で、1962年に設立した住民組織である。当時、エチオピア南部の農村は、貴族支配と結びついた収奪的な大土地所有制のもとに置かれていた。貴族はおもに同国北部の出身で、中央および地方政府の要職も、彼らが占めていた。他方でグラゲ県の農民の多くは、小作農の地位におかれていた。このような状況下にあって、グラゲ道路建設協会の活動は、同国で都市から農村への再配分の仕組みを形成しようとした、最初の試みのひとつとして捉えられる。
また同協会の活動を特徴づけるのは、葬儀講との連携である。葬儀講は、エチオピアでもっとも広く行われている住民組織の形態であり、葬儀に必要な資金と労働力を提供しあうことが、その本来の目的である。都市で暮らすグラゲ移住民も、数百世帯ごとに葬儀講を組織している。これらの葬儀講は明確なメンバーシップを有し、確実に会費を徴収するシステムを備えている。グラゲ道路建設協会は、グラゲ移住民が組織する葬儀講と連携することによって、幅広い住民から活動への支持を獲得し、持続的に活動資金を集めることが可能となった。
グラゲ道路建設協会の事例は、特定の集団が利益を得るために、他の集団の利益が構造的に排除されていた社会体制(1960年代エチオピアの貴族支配)の下で、住民組織の活動が、対抗的な社会関係を構築しうることを示すものである。またその活動は、葬儀講との連携に見られるように、人々の生活に根ざした在来知と結びつくことによって、幅広い支持と持続性を獲得したと理解することができる。
今後の研究について
GCOEプログラムの枠組みにおいては、「地域の知的潜在力研究」分野を中心に、持続型生存基盤パラダイム研究の創成に貢献したい。地域社会で生活する人々が、彼らの生存基盤を脅かす感染症などのリスクに対処する試みの中で、地域の在来知(local knowledge)を再構成し、新たな社会関係を創成する過程を考察することが、これからの課題である。
具体的には、HIV/AIDS問題に取り組みたい。アフリカにおいてHIV/AIDSは、地域社会の持続性を脅かす重大なリスクと見なされている。感染を引き起こすウイルスは、適切な予防によって人々から隔離されねばならないが、他方で予防活動は、感染者(ウイルスとともに生きる人々)に対する社会的排除に結びつくことが少なくない。感染者にとっては、かかる非感染者との立場の食い違いこそが、彼らの生活を脅かすリスクとなりうる。
この研究では、エチオピアのグラゲ県における在来の政治組織や住民組織の活動を分析することにより、地域の社会生活の持続性を脅かす感染症リスクについて、当事者たる住民自身が、それらの社会的リスクをどのように解釈しているか考察したい。また同時に、彼らがいかなるコミュニケーションの回路によって、感染者と非感染者との間に生じる葛藤や軋轢を克服し、両者が共存できるような持続的な社会関係を、地域社会のレベルで構築しようと試みているのかを明らかにしたい。より具体的には、非感染者との連帯を促す住民組織の活動や、地域の慣習法にもとづいて感染者へのケアが実践されている事例等について検討する予定である。
写真:グラゲ道路建設協会の支援で建設された道路
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