研究概要
研究テーマ: 「家畜の採食行動からみた放牧の成立機構の解明」
私の研究目的は、北ケニアに住む牧畜民トゥルカナの放牧を例に、放牧がどのように成立しているかを、動物側と人間側の双方からのアプローチにより解明することである。
牧畜とは、家畜を飼い、そこから得られる乳や、血、肉を食物として生きる生活様式であり、そのため、家畜を維持するための日々の放牧は、農耕民にとっての畑仕事に相当する重要な活動である。
ところが実際にトゥルカナが飼養しているヤギやラクダの放牧を観察していると、牧童の仕事量が少ないことに驚かされる。家畜たちは移動のときは自ら密集隊形をとり、牧童が後ろから追うとそのまま移動する。追うのをやめると家畜は散開し、採食を始める。採食中は、牧童は木陰で休んでいればよい。このように牧童が少ない仕事量で家畜をコントロールできるのは、放牧が、ヤギやラクダのもとからもっている性質を利用しているからだとされている。
しかし、牧畜民に飼養されている家畜が野生状態とまったく同じふるまいをするわけではない。人間の関与によって家畜の行動が変化しているのも事実である。長い年月動物を飼い続けることで、動物は遺伝的に変化する。また、世話の方法や人間が作り出す環境が、動物の行動を野生状態とは異なるものにしている。したがって、放牧の成立機構を解明するためには、動物の性質と、人間の関与の両方を理解する必要がある。
私はこれまでの調査から、ヤギ、ラクダの放牧ルートが何通りも存在しており、それらが各ルートごとに異なる植生を通っているということを確認した。そして、ヤギ、ラクダが、長期間通してみると、多種類の植物をまんべんなく採食しているという傾向を発見した。これらの知見については博士予備論文としてまとめた。
これまで、さまざまな実験結果から、多くの草食動物が、可能ならば多種類の植物を食べ、植物の栄養や毒の影響を軽減しようとしている、ということが指摘されている。このことから私は、トゥルカナの放牧では、人間の側で、家畜の食べる植物が少数の植物に偏らないような放牧ルートを設定をしているのではないかと考えている。
今後、牧童への聞き取りによって放牧ルート設定の意図を明らかにし、上記の仮説の是非を確かめるとともに、放牧の成立機構の解明に向けて次のようなアプローチを考えている。
(1)植物の成分から
家畜が採食する植物の成分分析をおこなう。栄養分や、タンニンに代表される二次代謝産物の含有量を測定することで、放牧場所の植生と、家畜が採食する植物の関係が明らかになる。
(3)動物の行動から
管理を離れた状態での家畜の採食行動、社会行動を観察し、管理状態の個体との比較を試みる。これはたとえば日本の小笠原や沖縄でみられるような、野生化した家畜を観察することと、トゥルカナの家畜を開放し、自由に行動させた状態を観察することを想定している。これらの比較によって、放牧という活動が、動物の行動をどれだけ利用し、またどれだけ改変することで成り立っているのかを知る手がかりが得られる。
(2)民族知識から
牧童が、放牧地の植生を理解したうえで放牧ルート設定をしているのだとすれば、人間の側に、家畜についての知識のみならず、植物についての豊富な知識が必須である。実際、トゥルカナは豊富な植物知識を持っているという報告があり、私も牧童が「家畜がどの植物を食べ、どの植物を食べないか」をひとつひとつ認識していることを確認した。それらの知識が放牧にどのように結びついているのかを明らかにする。
また、近年アフリカで問題になっている砂漠化や環境変動との関連で、半乾燥地域において放牧が植生に及ぼす変化にも関心を持っている。
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