パラダイム研究会は、持続型生存基盤パラダイム形成に向けた議論を行うとともに、4つの研究イニシアティブに共通する課題や各イニシアティブ相互の関連について議論する場であり、本プログラムの中心的な研究会である。
本プログラムの開始以来、おおむね月に一回のペースでパラダイム研究会が開催されてきた。過去の研究会においては、熱帯におけるバイオマス資源とエネルギー循環、アジア・アフリカ諸地域における経済および農業の発展経路、熱帯における生物多様性と気象の不確実性、災害や疫病の問題、人間の安全保障と開発など、パラダイム形成に関わる重要な論点が示されてきた。また研究会での討論を通じて、「生産から生存へ」「圏間のつながり」「親密圏と生のつながり」といった新たな視点が生まれた。パラダイム研究会における討論は、地域研究者に対しては社会・制度・経済のグローバル化の視点を導入するだけではなく、気候や生態といった自然科学の視点や、テクノロジーの視点を取り入れることを促した。他方で自然科学者に対しては、理論・技術に地域社会で生活する人々の視点を導入するよう促してきた。
今後のパラダイム研究会では、これまでに共有された問題意識をベースとしながら、本プログラムの最終的な成果を見すえ、物質エネルギーの循環維持と防災、生物多様性の保全と共生、人間の生存とケアといった、パラダイム形成の上で中心的な諸価値を意識した議論を行ってゆく。また4つの研究イニシアティブとの連携を深めるとともに、生存基盤指数の策定に関する議論を行う第2パラダイム研究会とも連携した議論を行う。
今後のパラダイム研究会で検討すべき課題としては、次のようなものが挙げられる。第一に、従来の生産パラダイムあるいは人間開発パラダイムから、新たな生存パラダイムへの移行である。生存に必要な水やエネルギーへのアクセスを確保しながら、地球圏的な物質循環を維持することはどのように可能だろうか。また自然との共生領域を拡大し、バイオ資源の適正な利用を図りながら、同時に生物多様性を保全する方法とは、どのようなものだろか。第二には、圏間の相互作用である。熱帯の地球圏的・生命圏的条件は、アジア・アフリカ諸地域における親密圏および公共圏の展開と、どのような関係にあるのだろうか。この問題はさらに、東南アジア、南アジア、西アジア、サハラ以南アフリカといった各地域において、持続的な生存基盤の発展経路をどのように構想しうるかという問題へとつながる。それぞれの地域において鍵となるであろう農業、(人為)植生、水循環等に関する知見をベースに、社会の諸制度や技術、知識の問題を加えて検討し、真に学融合的な生存基盤論をつくりだす必要がある。
パラダイム研究会の役割は多岐にわたるが、なかでも中心的な課題のひとつに、人間の生存の条件を(生産の論理ではなく)ケアの倫理によって基礎づけようとする試みを、各イニシアティブの作業にどう浸透させるかという問題がある。人と人との関係、社会の諸制度、自然にはたらきかける技術を、ケアの倫理(自己と他者の生存を保障する持続的な関係性の倫理)によってとらえ直すことは、本プログラムが目指すパラダイム転換にとって、重要な視点を提供するように思われる。