日 時:2011年2月11日(土)〜12日(日)
場 所:KKRホテルびわこ http://www.kkrbiwako.com/index.htm
【趣旨】
大規模な環境変動やエネルギーの枯渇が抜差しならない問題となりつつある現在、私たちはいかなる価値観をもち、いかなる方向を目指すべきかを再考する必要性が高まっている。本GCOEプログラム「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点」では、持続的に人々の「生存」を支える社会を構築するためには、人間社会のあり方と同時に、環境――地球圏geosphereと生命圏biosphere――の仕組みを理解したうえで、それらの圏と人間社会の共存を目指すべきだとし、多分野の研究者が連携しながら議論を進めてきた。
GCOEプログラムは4つの研究班(イニシアティブ)に分かれるが、そのなかで人類学・地域研究を中心とし、人間社会のあり方について考えてきた「イニシアティブ4」では、(1)資本の蓄積と生産性の向上を核とする既存の政治経済的なパラダイムを見直すこと、また(2)公共的な政策と自由競争市場による問題解決の限界を認識し、親密圏的なつながりを再構築していくことが重要であるとの認識のもと研究を進め、またプログラム内外の若手研究者を招いてこれまで3度の合宿シンポジウムを開催してきた。各シンポジウムのタイトルは「生存を支える『地域/研究』の再編成」(2008年度)、「人間圏を解き明かす」(2009年度)、「人間圏の再構築に向けて―親密圏・レジリエンス・知の接合」であるが、そこに含まれるキーワードには研究の深化も示されている。
第4回となる本シンポジウムでは、持続的な人間圏の構築に向けたキー・イシューとして、人格間の相互依存性を承認しケアの実践を指向する制度 (care-oriented institutions) と、生命圏の論理によりそう技術 (nature-inspired technologies) と、に焦点をあてた議論をおこないたい。
「ケアを指向する制度」は、人間開発に関する主流の議論は、人格の自立性と人的資本としての個人のエンパワーメントにのみ焦点をあててきたことに対して、生存へのオルタナティブなアプローチを示そうとする試みである。過去の議論では、個々人の生存を保障する制度(例えば国家の福祉制度)と、人格的なケアの営み(例えば地域住民や家族によるケア・介護)とを、互いに対立するものとして捉えてきた。しかし人格間の相互依存性を承認し、具体的な他者へのケアの実践を生存の基礎におく考え方をとるならば、人格間のケアの実践とともにある制度こそが、持続的な人間圏への鍵となる。
また「生命圏の論理によりそう技術」は、一方的に自然資源を収奪・消費することで生産を拡大していく従来の技術に対するアンチテーゼであり、人間の都合でなく、地球圏や生命圏のあり方に即した技術(およびそれを取り巻く実践)を作り上げていこうということである。その視野にはマクロレベルの科学技術からミクロレベルの環境技術までが含まれる。そこでは、生産中心パラダイムと結びついた現代的な科学技術及び科学知と、オルタナティブとしての在来知や在来技術とをどう関係づけていくか、ということが重要な問題となるはずである。
最終回となる本シンポジウムの目的は、以上のような問題について、具体的な事例の検討を通じて分野横断的な議論を行うことで、持続的な生存基盤に向けた人間圏の再構築の方向性を見定めることである。
【プログラム】
2月11日(土)
10:00 シンポジウムの趣旨説明
セッション1 ケアの実践と倫理
座長: 西真如
コメンテーター: 岩佐光広、山本晃輔
10:20 吉村千恵「報告」
11:00 白波瀬達也:釜ヶ崎に暮らす人々への支援 ―世俗的アプローチと宗教的アプローチ
11:40 休憩
11:50 コメント・討論1
12:50 昼食
セッション2 支え合いの社会と制度
座長: 久保忠行
コメンテーター: 河上幸子
14:00 久保忠行 :趣旨説明
:移民・難民とともに生きる社会にむけて
14:40 永田貴聖:人類学者がみる、そして、係る在日フィリピン人の社会関係―「支援」以前の問題として
15:20 休憩
15:30 瀬戸徐映里奈:「食の確保戦略」からみるベトナム難民の定着過程と現状‐兵庫県姫路市を事例として‐
16:10 コメント・討論2
2月12日(日)
セッション3
座長: 木村周平
コメンテーター: 生方史数、佐藤史郎
9:00 木村周平:趣旨説明「技術・制度・知の接合に向けて」
:SPSはどれほど大きいのか:新たな科学技術をめぐるポリティクス
9:40 中空萌:並列的分類と「ポストコロニアル」な知識の生成?:インド・ウッタラーカンド州「人々の生物多様性登録」プロジェクトにおける民俗的知識
の「所有化」
10:20 休憩
10:30 河合洋尚:植民地期香港における都市開発と風水言説――景観人類学の視点から
11:10 コメント・討論3
12:10 昼食
セッション4 総合討論:ポスト3・11の技術と制度
14:00 総合討論
日時:2011年4月18日(月)14:00-15:45
場所:稲森財団記念館中会議室
プログラム:
14:00-14:15
藤田素子(東南アジア研究所特定研究員)
「大規模プランテーションを含む景観における鳥類の多様性研究」
14:15-14:30
森拓郎(生存圏研究所助教)
「インドネシア木造住宅の生物劣化被害調査」
14:30-14:45
佐藤奈穂(東南アジア研究所・非常勤研究員)
「死別・離別女性のリスクに対応する社会関係」
14:45-15:00
竹田敏之(ASAFAS研究員)
「グローバル化時代における先端科学用語のアラビア語化」
15:00-15:15
岩間春芽(ASAFAS院生)
「ネパール北西部農村における権力構造-援助と教育による変化」
15:15-15:45
討論
日 時:2011年3月11日(金)〜13日(日)
場 所:KKRホテルびわこ http://www.kkrbiwako.com/index.htm
【趣旨】
大規模な環境変動やエネルギーの枯渇が抜差しならない問題となりつつある現在、私たちはいかなる価値観をもち、いかなる方向を目指すべきかについて再考する必要性が高まっている。本GCOEプログラムでは、資本の蓄積と生産性の向上を核とする既存の「生産」パラダイムを超えて、持続的に人々の「生存」を支える社会を構築することが重要であるとの認識のもと、多分野の研究者が連携しながら議論を進めてきた。「生存を支える『地域/研究』の再編成」(2008年度)、「人間圏を解き明かす」(2009年度)に続いて第3回目を迎える本シンポジウムでは、「親密圏」「レジリエンス」「知の接合」といった問題系に焦点を当てながら、人間圏の再構築に向けて議論を行いたい。
主流の開発ディスコースが指し示すような行程、例えば個々人のケイパビリティを高めることで力強い市民社会を構築したり、自然の客体的操作にもとづいて生産の効率化を推し進めるといった道筋が持続的な生存基盤に導くと考えることは、今日ではますます困難になっている。ここで「親密圏」と呼ぶのは、そこで見過ごされてきた、人々が具体的な他者と関係し、かつ他者の困難に応答しうることによって可能になるケアの実践、またそのような実践がつくりだす多様なネットワークであり、「レジリエンス」と呼ぶのは、不確実性を内包する自然のうえに柔軟な生存基盤を築き、それを持続させる人びとの力のことである。これらの目的は、ローカルな知や技術・制度だけでも、科学技術や、市場や国家のような「インパーソナルな」諸制度だけでも達成されえない。この両者をいかに関係づけるかということが「知の接合」という問題系である。
本シンポジウムの目的は、以上のような問題について、具体的な事例の検討を通じて分野横断的な議論を行うことで、持続的な生存基盤に向けた人間圏の再構築の方向性を見定めることである。
【プログラム】
3月11日(金)
15:00-15:20 シンポジウムの趣旨説明
セッション1 生存とケアの親密圏
座長: 岩佐光広
コメンテーター: 後藤晴子、伊東未来
15:20-16:00 石本雄大 「ブルキナファソの半乾燥地域における生計維持システムの研究―旱魃や虫害への適応および対処行動に関する統合的分析
16:00-16:40 澤野美智子 「「親密圏」としての「家族」?―韓国の家族研究の展望」
16:40-16:50 休憩
16:50-17:50 コメント・討論1
19:30-22:30 参加者の研究紹介1
3月12日(土)
8:30-9:00 GCOEプログラムの紹介1
セッション2 生態資源の利用と社会関係
座長: 丸山淳子
コメンテーター: 松村圭一郎、佐藤吉文
9:00-9:40 山本佳奈 「湿地における「個人の土地」と「みんなの土地」のせめぎあい―タンザニア農村部の耕地と放牧地をめぐる住民の対立」
9:40-10:20 鈴木遥 「森林へのケア―インドネシア東カリマンタン州沿岸村落における木造住居の修理・建て替えを事例に」
10:20-10:30 休憩
10:30-11:30 コメント・討論2
セッション3 生存基盤をつくりだす実践共同体
座長: 西真如
コメンテーター: 宍戸竜司、菅沼文乃
13:00-13:40 岡部真由美 「現代タイにおける開発と僧侶をめぐる一考察―寺院および地域コミュニティにおける僧侶の実践とネットワーク形成を中心に」
13:40-14:20 浅野史代 「ブルキナファソ、ビサ社会における女性の生活と「開発」の関係」
14:20-15:20 コメント・討論3
15:20-15:40 休憩
セッション4 生命圏、親密圏をむすぶ芸術と宗教
座長: 福井栄二郎
コメンテーター: 別所祐介、清水貴夫
15:40-16:20 渡辺文 「関係性としてのスタイル―オセアニア芸術における個性と集合性の調停メカニズム」
16:20-17:00 徳安祐子 「死者がつなぐ人と自然―ラオス山地民カタンの村の事例から」
17:00-18:00 コメント・討論4
19:30-22:30 参加者の研究紹介2
3月13日(日)
8:30-9:00 GCOEプログラムの紹介2
セッション5 アクターをむすぶ技術とコミュニケーション
座長: 木村周平
コメンテーター: 内藤直樹
9:00-9:40 李豪軒 「電子業界における日本企業と台湾企業のエンジニアの比較―共同体意識と「株」からの考察」
9:40-10:20 平井將公「生物資源、地域住民、行政の交錯が生み出す新たな技術―セネガルのセレール社会における樹木資源の稀少化とその対処」
10:20-10:30 休憩
10:30-11:30 コメント・討論5
13:00-15:00 総合討論
【報告要旨】
セッション1 生存とケアの親密圏
「ブルキナファソの半乾燥地域における生計維持システムの研究―旱魃や虫害への適応および対処行動に関する統合的分析」
石本雄大(総合地球環境学研究所)
サヘル地域は,年平均降水量が少ないばかりでなく,降水量の年較差が大きく,降雨パターンの変動も大きい.更には突発的自然災害も起こる.本研究は,サヘル地域に位置するブルキナファソの半乾燥地に暮らすケル・タマシェクを対象として,彼らの生計維持システムに関して,特に旱魃や虫害に対する予防としての日常的な適応行動,これらの災害の発生状況下および発生後の食料危機時の対処行動について統合的に解明することを目的とする.具体的には,ケル・タマシェクの人々が,この不安定な生態環境に農耕・動物飼養・採集・出稼ぎ労働・賃労働といった個々の生産・食料獲得活動によっていかに対応し,それで対応しきれぬ場合には消費活動をも含めた生計維持システム全体でいかに対応するかについて考察を行う.
「「親密圏」としての「家族」?―韓国の家族研究の展望」
澤野美智子(神戸大学)
「親密圏」という言葉が家族関係の考察に用いられるとき、「公的な介入が及ばない守られた場所」という閉じられた意味合いをもつこともあれば、「相互行為を通じて対等な人間同士が積極的に交流する場所」という開かれた意味合いをもつこともある。
「親密圏」という視点から韓国の家族研究を眺めると、従来の研究では前者の意味合いで「親密圏」としての「家族」が説明されてきた。具体的には、構造分析や形態分析などが中心的な位置を占め、父系血縁関係とそれを支える儒教イデオロギーが注目されてきた。そのため男性の家族関係については、父系血縁という厳格に閉じられた(と想定される)「親密圏」の中でさまざまな分析が行われてきた。その一方で女性は分析の周縁部に置かれ、女性が家族関係の中で占める位置や役割についてはブラックボックスの中に放置されてきた。
しかし父系血縁や儒教イデオロギーを枠組みとして韓国の家族を説明する手法は限界を迎えている。本発表では、フィールドワークでの事例を通してその手法の限界を指摘する。そして、後者の意味合いで「親密圏」としての「家族」を説明する枠組み、具体的には女性をとりまくケアの相互行為に注目する新たなアプローチについて展望する。
セッション2 生態資源の利用と社会関係
「湿地における「個人の土地」と「みんなの土地」のせめぎあい―タンザニア農村部の耕地と放牧地をめぐる住民の対立」
山本佳奈(京都大学)
タンザニア南東部にひろがるボジ高原には雨季に湿原となる低湿地が分布している。この地域では、牛は耕作などを担う労働力であり、古くから湿地をその放牧地として利用してきた。ところが近年、生活における現金要求の高まりや人口増加を背景として、湿地の耕地化が急速にすすみ、放牧地が大幅に縮小した。季節湿地の耕地としての需要が高まるなか、各村では放牧地をどのように確保するかが大きな課題となっている。
季節湿地に囲まれたシウィンガ村でも耕地不足は深刻な問題であった。2003年に村評議会が井戸建設の資金を集めるために季節湿地の土地を村民に売り出した。そのことで放牧地の不足を招き、牛の所有者たちは農地化された土地をふたたび放牧地に戻そうと動きだした。そして、2006年には、村評議会が分譲し「個人の土地」となった部分をふたたび放牧地に戻すことに成功し、今もその状態が維持されている。本発表では、どのような過程を経て再び共同放牧地(=「みんなの土地」)が確保されたのかについて述べる。
「森林へのケア―インドネシア東カリマンタン州沿岸村落における木造住居の修理・建て替えを事例に」
鈴木遙(京都大学)
森林の多くは、森林の成長・育成・管理、森林資源の採集・伐採、森林資源の加工・流通・利用、利用を規定する諸産業の在り方や人々の生活という一連の循環のもとに維持されている。本発表ではインドネシア東カリマンタン州の沿岸村落を対象に、人々による木造住居の建築・修理・建て替え状況から、木材をめぐる森林保全の仕組みの一端を考察する。
調査村落の木造住居は、主に隣人や親族と世帯主の協力で建てられていた。人々は住居を日々メンテンナンスし、数十年ごとに部材交換や住居の建て替えを行っていた。建て替え時、木材は新居へと使い回されていた。加えて、木材の譲渡には世帯間の社会関係が反映されていた。
木造住居を修理・建て替えながら住まう方法により、人々は木材に対する認識と建築方法を共有・継承し、彼らの紐帯を維持していると考えられる。この方法は、人々が生存するために形成するケア関係に基づいた森林へのケアといえるのではないだろうか。
セッション3 生存基盤をつくりだす実践共同体
「現代タイにおける開発と僧侶をめぐる一考察―寺院および地域コミュニティにおける僧侶の実践とネットワーク形成を中心に」
岡部真由美(国立民族学博物館)
東南アジア大陸部における上座部仏教社会のタイでは、1960年代以降、政府による国家開発やNGOによるオルタナティブ開発が進展するにつれて、農民の貧困解消、エイズ・ケアや環境保護といった現実的課題の解決に取り組む僧侶たちの活動が顕著になっている。従来の議論が、個々の僧侶の紹介や、活動の政治社会的背景の分析に終始してきたのに対して、本発表は、北タイ・チェンマイ近郊における一寺院の事例から、僧侶たちが地域コミュニティにおける現実的課題の解決に取り組むことを通して、いかに生を築いているかに焦点をあてる。それにより、僧侶たちが、現代タイにおける開発をめぐる多様な言説に自らを呼応させながら、在家者との間の互恵的関係の回復や、サンガ内での評価向上を試みる姿を示す。一方でまた、僧侶たちが関心の共有を基盤に生み出した、国家-サンガ(僧団)-地域コミュニティの枠組みを越えたネットワークの意義についても検討したい。
「ブルキナファソ、ビサ社会における女性の生活と「開発」の関係」
浅野史代(名古屋大学)
人類学者がフィールドとする地には、特にそれが途上国の村落部であればあるほど、様々な組織による「開発」が入り込んでいる。発表者が調査をおこなってきたブルキナファソ、ビサ社会の女性たちの日常にも、「開発」は大きな影響を与えている。調査村の女性たちの人生における選択の幅、あるいは生活するうえでの選択の幅は、世界の他地域、とりわけ先進国で生活する女性たちのそれと比較した場合、決して広いとはいえない。本発表では、その限られた選択肢の中で、いかに女性が地域の規範に則しながらも、より安定的な生活を得るために個々にネットワークを構築している点、平穏な生活を送るために女性たちが日々配慮していることに焦点を当てる。また、ビサ社会の女性たちが開発援助や自助組織による活動をどのように受容/拒否しているのか、それらの活動と調査村の女性たちの生活や村の慣習、ジェンダー規範との関係を明らかにする。
セッション4 生命圏、親密圏をむすぶ芸術と宗教
「関係性としてのスタイル―オセアニア芸術における個性と集合性の調停メカニズム」
渡辺文(京都大学)
現在フィジーを拠点としたオセアニア芸術文化センターで展開する現代芸術活動とは、「オセアニア」に生きる人々の生に基づいたイメージを対象とし、「オセアニア」の人々によって、集合的な「オセアニア芸術」を創造しようという試みである。本発表の目的はまず、センターでめざされる「集合芸術」という理念と、その挑戦性とを理解することにある。そのうえで、センターの提唱する集合性と、個々のアーティストが経験する「個別化への欲求」とが衝突する局面を、絵画スタイルが差異化されていく場から示す。そして、スタイルにおける差異の形成に関して討論を加えることで、スタイルを、個性へも集合性へも還元されないような関係性として考察し、「オセアニア」との連続性を保ちながらもあらたな変化を創みだし続ける芸術の在り方を描き出す。
「死者がつなぐ人と自然―ラオス山地民カタンの村の事例から」
徳安祐子(九州歯科大学)
本発表は、ラオス人民民主共和国、モンクメール系の少数民族村落における調査をもとにしている。調査対象村は、ラオス中南部の国立公園に位置し、村の人びとは周囲を取り巻く自然と深く関わりながら生活している。日々の食糧をはじめ、家や日用品の材料など多くのものを森から得ている。しかしこの村でも7年程前に町との間に道路がつくられ、それ以来、仲買人が毎日姿を現すなど、貨幣経済の重要性は増大している。それでも、商品作物を植えることもなく、現在も森と深い関係をもって生活している。そしてその暮らしぶりは、ときにはエコツーリズムのなかで、自然との持続的な関係を持って暮らす人びととして提示される。このような人びとと森林との関係には、死者や精霊といった、目に見えないものが介在し、重要な役割を担っている。本発表では、村の人びとと森がどのように関わり、どのようにつながっているのかを明らかにし、人間と自然との関係のありかたについて考える。
セッション5 アクターをむすぶ技術とコミュニケーション
「電子業界における日本企業と台湾企業のエンジニアの比較―共同体意識と「株」からの考察」
李豪軒(大阪大学)
本研究はエンジニアが持つ共同体意識とものづくり意識から、電子業界における日本と台湾のエンジニアの比較を行い、より鮮明に呈するためには、組織(企業)、エンジニア、技術に関する知、モノ、市場の相互関係を以下のカテゴリから論じる。
1)技術に関わる知:
エンジニアの仕事が暗黙知に頼っていることを台湾企業と日本企業はともに否定できないため、組織上に考慮しなければならない。但し、両者はエンジニアの知に対する戦略や認識が違っている。一方、エンジニア自身は特定な組織風土や文化に置かれ、特定な技術伝承の形態を構成していく。その中のある分野においては、同じような働きをしていることも否定できない。
2) 組織=企業の所有概念
エンジニアのアイデンティティを論じる際に、「会社は誰のものであるか」という問いに直面する。法的な側面から株式会社の所有権は株主のものである。しかし、日本と台湾の企業は人材を運命共同体に入れ込むため、グローバルな「株式制度」を運用する際、各々の社会構造によって、ローカルなトリックを使っている。
「生物資源、地域住民、行政の交錯が生み出す新たな技術―セネガルのセレール社会における樹木資源の稀少化とその対処」
平井將公(京都大学)
本発表では、セネガルのセレール社会にみられるマメ科の高木Faidherbia albidaの切枝技術が、近年多様化している背景について考察する。アフリカのサバンナ地域に広く分布するF. albidaは、逆季節性という特性にもとづいて、作物に肥培作用をもたらし、家畜に長い乾季の貴重な飼料を供給しうる飼肥料木である。農耕と牧畜を主な生業としてきたセレールは、この木が優占する植生を耕地に形成し、その枝葉を肥料や飼料、燃料として長年にわたって利用してきた。ところが、急激な人口増加や後継樹の欠損に起因して、近年、F. albidaの資源量は減少する傾向にある。さらに、従来から本種の利用を規制してきた森林官は、昨今、その取り締まり体制を強化している。本発表では、このようなF. albidaの生態的・政治的稀少化を克服するために、住民が本種の切枝技術を多様化させている様態を記述するとともに、技術の多様化がF. albida、住民、森林官というアクター間の交錯を背景としている点について考察する。
日 時:2010年3月27日(土)13時30分
場 所:稲盛棟3階中会議室
プログラム:
13:30-13:40 趣旨説明
13:40-14:40 研究報告(研究課題1-4)
14:40-15:00 休憩
15:00-16:00 研究報告(研究課題5-8)
16:00-16:20 休憩
16:20-17:20 研究報告(研究課題9-12)
【研究課題一覧(所属は申請当時のもの)】
課題1 石坂晋哉(東南アジア研究所・研究員)「インド環境運動による「
日 時:2010年3月14日(日)〜16日(火)
場 所:KKRホテルびわこ http://www.kkrbiwako.com/index.htm
【趣旨】
エネルギー問題や大規模な環境問題が顕在化しつつある現在、必要なのは何を「持続可能性」の核とすべきか、という問いである。本グローバルCOEは、それを「生存基盤」だと考え、地球圏・生命圏・人間圏の相互作用のなかで、生存基盤の持続をもたらすような発展はどのようになされうるのかを考えてきた。
こうした背景に基づきながら、本シンポジウムは、人間の多様な社会、またそこにある知識や価値、制度や歴史を包摂する広い概念としての「人間圏」に焦点を当て、生を支える社会関係や環境がいかに形づくられているかについて議論したい。植民地主義や近年のグローバル化の大きな流れの中で、都市や地域社会ではどのような問題が現われ、どのように対処されているのか。生存を支える信仰や思想は、今どのようなあり方をしているのか。多様な社会状況についての事例を通じて、こうした問題を明らかにしたい。
【プログラム】
3月14日(日)
15:00-15:20 シンポジウムの趣旨説明
◇セッション1 環境思想と地域社会の生存基盤 座長 中川理(大阪大学)
15:20-16:00 石坂晋哉(京大東南研)「『たたかいの政治』から『つながりの政治』へ―現代インドの環境運動」
16:00-16:40 安田章人(京大ASAFAS)「『持続可能な』野生動物管理の政治と倫理―カメルーン・ベヌエ国立公園地域におけるスポーツハンティングと地域住民の関係を事例に」
16:40-16:50 休憩
16:50-17:50 コメント・討論1
コメンテーター 松村圭一郎(京大人環) 吉田早悠里(名古屋大学)
19:30-22:30 参加者の研究紹介1
3月15日(月)
8:30-9:00 GCOEプログラムの紹介1
◇セッション2 環境の在来知、つながりの在来知 座長 内藤直樹(国立民族学博物館)
9:00-9:40 中川千草(関西学院大学)「トウヤ制度の変更と社会文節の再編プロセス―三重県熊野灘沿岸部・相賀浦 地区を例に」
9:40-10:20 富田敬大(立命館大学)「ポスト社会主義期の地方社会と牧畜経営―モンゴル北部・オルホン郡の事例から」
10:20-10:30 休憩
10:30-11:30 コメント・討論2
コメンテーター 加藤裕美(京大ASAFAS) 平井將公(京大ASAFAS)
◇セッション3 民衆の宗教・民衆の政治 座長 藤本透子(京大人環)
13:00-13:40 二宮健一(神戸大学)「ジャマイカの『ダンスホール・ゴスペル』―パフォーマティヴに構築されるキリスト教徒の『男らしさ』の考察」
13:40-14:20 八木百合子(総合研究大学院大学)「アンデス高地農村における聖人信仰と祭礼をめぐる社会関係」
14:20-15:20 コメント・討論3
コメンテーター 野上恵美(神戸大学) 和崎聖日(京大ASAFAS)
15:20-15:40 休憩
◇セッション4 都市の形成史と社会 座長 久保忠行(神戸大学)
15:40-16:20 松原康介(東京外国語大学)「中東における都市保全計画の変遷―フランス植民地主義から世界遺産保全へ」
16:20-17:00 山田協太(京大ASAFAS)「近代都市あるいは都市の近代―南アジアのオランダ植民都市、コロンボ、コーチン、ナーガパッティナムの経験をつうじて」
17:00-18:00 コメント・討論4
コメンテーター 永田貴聖(立命館大学) 西垣有(大阪大学)
19:30-22:30 参加者の研究紹介2
3月16日(火)
8:30-9:00 GCOEプログラムの紹介2
◇セッション5 都市下層民にとっての生存とつながり 座長 山崎吾郎(大阪大学)
9:00-9:40 清水貴夫(名古屋大学)「少年の移動『ストリート・チルドレン』―ワガドゥグの事例を中心に」
9:40-10:20 日下渉(京大人文研)「『買票』か『福祉サービス』か?―マニラ首都圏の地方選挙におけるモラリティ」
10:20-10:30 休憩
10:30-11:30 コメント・討論5
コメンテーター 稲津秀樹(関西学院大学) 白波瀬達也(関西学院大学)
13:00-15:00 総合討論 片岡樹(京大ASAFAS)白石壮一郎(関西学院大学)
【要旨】
◇セッション1 環境思想と地域社会の生存基盤
「『たたかいの政治』から『つながりの政治』へ―現代インドの環境運動」
石坂晋哉(京都大学東南アジア研究所)
本発表では、現代インドの環境運動を分析する視角・枠組として、従来の社会運動論の中心的概念であった「たたかいの政治(contentious politics)」に代えて、「つながりの政治(connective politics)」という新たな概念を用いるのが有効であることを示したい。
そのために、インド環境運動史を概観したうえで、(1)70年代のチプコー運動(森林保護運動)、(2)80~90年代のテーリー・ダム反対運動、(3)2000年代の西ガーツを救え運動の事例をピックアップして検討するが、特に、2010年2月18~20日に南インド・タミル・ナードゥ州コタギリ(西ガーツ山脈南端部)で開催される西ガーツを救え運動の集会の分析が中心となるであろう。
「『持続可能な』野生動物管理の政治と倫理―カメルーン・ベヌエ国立公園地域におけるスポーツハンティングと地域住民の関係を事例に」
安田章人(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
スポーツハンティング(以下、SH)、いわゆる娯楽のための狩猟は、近年アフリカにおいて、大きな経済的利益を生み出す「持続可能な」野生動物管理の手段として注目されている。そのきっかけとは、東・南アフリカ諸国において、80年代末期に開始されたSHを基盤とした住民参加型保護政策が成功をおさめたことにある。その成功の鍵とされたのは、地域住民への経済的便益の分配と、住民の主体性の重視であった。そして、近年、成功例とされた政策モデルは、西・中央アフリカ諸国へと伝播しつつある。しかし、「持続可能性」を掲げたSHを基盤とした政策モデルに対するアプローチには、社会的・政治的コンテクストからの考察が欠如しており、地域社会に与える社会的影響は十分に明らかにされていない。
本発表では、SHを基盤とした住民参加型保護政策モデルが導入・実現されようとしている地域として、カメルーン・ベヌエ国立公園地域をとりあげる。そして、経済的便益の分配と住民の主体性に注目し、地域住民の生活実践の観点から、SHにおける「持続可能性」および政策モデルへの再検討を試みる。
◇セッション2 環境の在来知、つながりの在来知
「トウヤ制度の変更と社会分節の再編プロセス―三重県熊野灘沿岸部・相賀浦地区を例に」
中川千草(関西学院大学大学院社会学研究科)
三重県の熊野灘沿岸部を歩いていると、「うちは浦方」「あそこは竃方」といった会話を耳にすることがある。「浦方(ウラ)」とは漁業で生計を立てるむらであり、「竃方(カマ)」とは漁業権をもたないむらを指す。同沿岸部のむらはこのどちらかに区分されるが、本研究の対象地は、両者が1875年に行政合併を果たしたうえで誕生したウラ・カマ混成のむらである。とはいえ、今日に至るまで、居住地や組織、祭祀など、生活の根幹部分において、お互いを区分する生活を営んできた。
2004年、その区分の象徴といえるトウヤ制度に変化がおとずれる。ウラ世帯のみで担われてきた氏神の守り役「トウヤ」がカマにも回されることになったのである。一見「おおごと」のようにもみえるこのできごとを、住民は実に粛々と受け入れ、実行していった。
本研究では、このトウヤ制度の変更を取り上げ、ウラ・カマという社会分節の意味を現地の文脈から問いたい。
「ポスト社会主義期の地方社会と牧畜経営―モンゴル北部・オルホン郡の事例から」
冨田敬大(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
世界で二番目の社会主義国となったモンゴルは、1990年代初頭に市場経済へと移行した。いうまでもなく、市場経済化の波は、地方社会にも押し寄せた。なかでも、1991年に始まった協同組合の民営化は、社会主義時代の国内分業を支えた定住地(商業・貿易の拠点)と草原(畜産物の生産地)の関係に大きな変化をもたらしている。本発表では、このような定住地と草原の関係を中心に、モンゴルの地方に暮らす人びとが、彼らをとりまく厳しい経済状況のなかで、家畜飼育を通していかに生き抜いてきたのかを検討する。まず、地方の人びとが、市場経済化後の経済的な困難に対処するために、各地域のもつ特性を最大限に活かしながら家畜飼育と居住地の選択を行ってきたことを示す。その上で、草原と定住地がひとつの連続した生活空間として人びとに認識されており、両地域における牧畜経営の多様なあり方が複数の家族の協力関係によって支えられてきたことを明らかにしたい。
◇セッション3 民衆の宗教・民衆の政治
「ジャマイカの『ダンスホール・ゴスペル』―パフォーマティヴに構築されるキリスト教徒の『男らしさ』の考察」
二宮健一(神戸大学大学院国際文化学研究科)
本発表は、ジャマイカで近年盛んになっている「ダンスホール・ゴスペル」と呼ばれる音楽形態を扱う。これはキリスト教徒の男性が世俗の音楽である「ダンスホール音楽」の表現様式を用いてキリスト教的なメッセージを歌うものである。そもそもジャマイカの教会は「ダンスホール音楽」とその生産・消費の場である「ダンスホール」を強く批判しているという背景があるため、「ダンスホール・ゴスペル」には教会コミュニティでも賛否両論が聞かれる。
本発表はこの「ダンスホール・ゴスペル」の「男らしさ/男性性」に注目しながら、この音楽の歌い手であるゴスペルDeejayのパフォーマンスを通じたアイデンティティ構築や、それが教会コミュニティに及ぼす影響をフィールド資料から描き出す。
その考察のために、ジェンダー研究において大きな影響力を持ったJ. バトラーのパフォーマティビティの概念と、それを文化人類学的なアイデンティティ/コミュニティ研究のために援用した田辺繁治らによる概念枠組みを試用する。
「アンデス高地農村における聖人信仰と祭礼をめぐる社会関係」
八木百合子(総合研究大学院大学文化科学研究科)
アンデス農村で催される聖人祭礼では、主催者となった人物は多大な労力と出費を負担しなければならない。そのため、多くの場合、主催者は親族関係や「アイニ」と呼ばれる村落における互酬的関係など、個人がもつ様々な関係を通じて、祭礼の費用や物資の調達を可能にしてきた。しかし1960年代以降は、アンデス高地の農村地域からも都市への移住者が増大したことで、村落の祭礼を支える人びとのつながりはしだいに都市移住者の間にまで拡大していった。近年では、村落基盤の社会関係を利用する一方で、移住者を巻き込んだ資金調達のための数々の取り組みが行われている。
本発表では、そうした祭礼をめぐって展開される主催者たちの営みに焦点をあて、彼らがいかなる社会関係を駆使し、祭礼の維持や発展に努めているのか、その仕組みを明らかにすることで「人間圏」を解き明かす一助としたい。
◇セッション4 都市の形成史と社会
「中東における都市保全計画の変遷―フランス植民地主義から世界遺産保全へ」
松原康介(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
中東・北アフリカ地域の歴史都市には、多彩な交流の中で成熟してきた独自の空間原理が見出される。20世紀に入ると様々な都市問題が顕在化するとともに、歴史都市の保全が試みられるようになる。嚆矢となったのはフランスによる植民都市計画であり、旧市街を手付かずのまま保全し、バロック型の新市街をその外殻に建設するという分離政策によって保全を実現しようとした。しかし、凍結的な保全は実際に人が住んでいる都市にはそぐわない。結果として加速した老朽化や過密化への対応として、ユネスコが世界遺産登録を推進する一方、独立後の都市計画には、必要な範囲での旧市街への介入、活性化が織り込まれるようになる。保全と近代化をいかに調和的に実現するかが課題となったのである。
本発表では、こうした都市保全計画の変遷と都市空間の変容を、モロッコのフェス、シリアのダマスカス、アレッポを事例に報告する。更にその背景にあった番匠谷尭二ら日本の都市計画家の業績も紹介し、都市保全を通じたわが国と中東・北アフリカ地域との交流のゆくえを展望する。
「近代都市あるいは都市の近代―南アジアのオランダ植民都市、コロンボ、コーチン、ナーガパッティナムの経験をつうじて」
山田協太(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
本研究では南アジアにおいて、近代世界の起点とみなされる、17世紀にオランダが建設した3つの植民都市、コロンボ、コーチン、ナーガパッティナムを対象として、その形成と現代に至るまでの変容を論じる。植民都市はヨーロッパと南アジアの海域世界、地域社会が交錯する焦点である。物理的空間と人々、制度・組織を手がかりに、各要素の相互作用の連鎖として都市の描出を試みる。主要な局面において3都市を相互に参照することで、海域、地域の動態を浮かび上がらせたい。
I.ウォーラーステインは『近代世界システム』(1974年)において16-17世紀のオランダを、現代世界を覆うまでに成長した資本主義の草創期の主導者と位置付ける。本研究はこれを出発点としつつ、植民都市という定点からの観察をつうじて、近代世界の担い手であるオランダと現地社会との邂逅の構図を再考する。
◇セッション5 都市下層民にとっての生存とつながり
「少年の移動と『ストリート・チルドレン』―ワガドゥグの事例を中心に」
清水貴夫(日本学術振興会/名古屋大学大学院文学研究科)
ブルキナファソの首都、ワガドゥグ市は推定150万人ほどの人口を擁するブルキナファソの政治経済の中心都市である。ワガドゥグ市には、アフリカの多くの大都市と同様に、路頭で生活する「ストリート・チルドレン」が存在する。
「ストリート・チルドレン」は都市の社会問題と同義で用いられることが多い。だが、本発表では、こうした少年たちのストリートへの出奔を、「社会問題」として扱う以前の、都市への「移動」の現象レベルに引き戻して捉え直すことを目的とする。
人々の都市への「移動」については、都市人類学を中心に多くの研究の蓄積がある。例えば、ガーナ北部から都市部への若年貧困男性の移動を扱ったHartの研究は、経済的な動機付けを持つ人々の「移動」が機能的な意味を持つことを指摘している。だが、本発表の事例に挙げる少年の「移動」は、機能主義的観点から説明することが困難な、目的の明らかでない移動である。
「『買票』か『福祉サービス』か?―マニラ首都圏の地方選挙におけるモラリティ」
日下渉(京都大学大学院人文科学研究所)
一般に、フィリピンの選挙ではエリートが貧困層の票を買う「買票」が蔓延しているとされる。これに対して、カトリック教会やNGOは「有権者教育」を行い、貧困層が金に操作されず、「正しく」投票できるようしようとしてきた。
もっとも、エリートも貧困層も、直接的な金銭と票の交換はモラル的に否定する。そこで、選挙直前に公的に行われるのは、エリートによる葬式・結婚式・祭りへの参加と金銭の提供、医療ミッション、無料法律相談といった貧困層への「福祉サービス」の提供である。
こうした相互関係は、クライエンタリズム論によって説明されてきた。エリートが提供する資源に、恩義を抱いた貧困層が票を提供しているというのである。しかし、それでは、「買票」を否定しつつ「福祉サービス」を正当化するようなモラルの動態を捉えられない。
本報告では、マニラ首都圏の地方選挙において、エリート(市議)、貧困層、NGOの間で、「買票」と「福祉サービス」をめぐるモラルがいかに争われているのかを明らかにしたい。
【活動の記録】
第2回合宿シンポジウムは、関西を中心に8つの大学に所属する、人類学・地域研究・社会学・建築史・都市計画などを専門にする40人近くの若手研究者が参加した。そこでは3日間にわたって5つのセッションで10の研究報告が行われ、今回のテーマである「人間圏」や「つながり」ということをテーマに積極的な議論が交わされた(その成果は今後ワーキングペーパー等として公刊される予定である)。加えて、大学・分野を越えた研究者同士の交流を通じ、将来につながるネットワークが形成されたことも、本シンポジウムの重要な意義であった。
個々の研究発表については要旨があるので要約を避けるが、3日間を通じて研究関心や手法は多様であっても、次のような同時代的に共有する方向性があることが参加者の間で確認された。それは、(1)問題を設定するうえで、自/他、民衆/権力、社会/環境のような明確な二項対立を前提とするのではなく、両者の間には分かちがたく複雑な関係性(あるいは「つながり」)が形成されていることを認めること、そして(2)人と人との間のみならず、死者や事物も含めた、物質的・精神的なつながりの存在を指摘するだけにとどまらず、つながりがいかなるものであるのか、それぞれの関係性がどのような意味や価値を持つのか、あるいはどのように変容しつつあるのかを明確にしようとすること、この2点である。そのような関係性の探求は、一方で参加者の一人が述べたように、いかに複雑になろうと現地での徹底した調査によって裏打ちされるべきものである。しかし他方で、研究すること自体が当事者と調査者の間の制度的・倫理的あるいは日常的な関係によって大きく制約を受けてしまいうることもまた事実である。総合討論では、不確実性やリスクが日常化する現状のなかで、いかに問題を切り取り、それに向けて研究を行い、またそこから言葉を発していくかについて、個々の研究者がより深く考えていく必要がある、という意識が共有された。
(文責:木村周平)
2006年5月に発生した中部ジャワ地震を契機に、東南アジア研究所有志による 社会的災害復興支援・地域研究が、とりおこなわれることとなりました。 この間、京都大学大学院工学研究科と共同で、毎年8月から9月にかけて、 ジョグジャカルタ特別周および中ジャワ州の被災地において、主として小学生を 対象とした防災教育普及活動に取り組んできました。 2009年度は、立命館大学国際部の協力も得て、三者による防災教育活動を 実施いたしました。 本活動報告会では、直接的には自然災害を専門とはしない教員・研究員・大学院生・ 学部学生が、緊急時のボランティアや短期的な調査研究の枠にとどまらず、いかに 被災地と関わってきたか、その経験について報告します。
日 時:2009年11月27日(金) 13:30-17:00
場 所:東南アジア研究所 共同棟4階 セミナー室
【報告会次第】
13.30-
説明:浜元聡子/東南研
13.50-14.50 (質疑応答20分)
報告者:間中 光/立命館大学大学院社会学研究科博士課程前期
「大学生による長期的な被災地支援の可能性
~立命館による災害復興支援を事例に~」
近年、大規模な自然災害に対し、世界中のさまざまなアクター が支援活動を行うようになったが、それらの多くは緊急支援・ 復旧支援に集中し、ほとんどのアクターは1年以内に被災地から 撤退することが多い。
しかし、災害によって明らかになった問題の中には、長期的な 取り組みを要する問題も多い。そのような問題に対し、大学生は どのような支援ができるのであろうか。本報告では、学校法人 立命館とその学生たちが行っているジャワ島中部地震支援を事例 に、その可能性と限界について考える。
14.50-15.50
報告者:長神新之介/京都大学大学院工学研究科・KIDS
「インドネシアにおける防災教育活動と現状」
2004年スマトラ沖地震津波以来、インドネシアの自然災害の被災地で 防災教育活動の普及に携わってきた学部学生・大学院生の立場からの臨地報告。 被災地で実施している防災教育の一部を再現する予定。
15.50-16.40
報告者:浜元聡子/東南研
★GCOE次世代研究イニシアティブ研究の報告を兼ねます。
「被災地に生きる選択」
2009年10月20-22日にジョグジャカルタ・国立ガジャマダ大学において 開催された「国際シンポジウム・災害-理論・研究・政策」において、 頻発する自然災害に対して、大学等研究機関がエージェントとなって、 政府と被災地社会とを円滑に連携させるような災害時対応が必要であるという 合意が出された。自然災害をめぐり、多様な立場からの多様な議論が 展開されるようになった一方、「大きな被災」の中の「小さな被災地」は、 頭上でなされるさまざまな議論から取り残されたり、被災者不在のままで さまざまな決断がなされる状況下で、震災後の日常を過ごしている。 2004年3月にバワカラエン山大規模崩落による地すべり災害を経験した 南スラウェシ州レンケセ集落と、2006年5月の中部ジャワ地震による 地すべり災害を経験した新レペン村の事例を紹介しながら、 被災地に関わる研究のあり方について考察する。
日 時:2009年4月2日(木) 13:30-17:00
場 所:稲盛棟3階中会議室
日 時:2009年3月16日(月) 14:00~17:30
場 所:稲盛財団研究棟 3階小会議室Ⅰ
主催:
京都大学グローバルCOEプログラム「生存基盤持続型の発展を目指す
地域研究拠点」次世代イニシアティブ助成(研究代表:白石壮一郎)
アフリカ開発研究会(共催)
【プログラム】
14:00~14:30
○ 白石壮一郎(関西学院大学大学院社会学研究科)
「アジア・アフリカにおける"市民社会"と"参加"の概念(研究会趣旨説明)」
14:30~15:30
○ 真崎克彦(清泉女子大学地球市民学科)
「ブータンの政治改革:「王政」から「民政」への移行?―ある農村でのシティズンシップ実践を事例として」
15:45~16:45
○ 西真如(京都大学東南アジア研究所)
「政治実践としてのコミュニティ開発 ―エチオピアのエジャ開発委員会の経験」
16:45~17:15
○ 総合討論
なお、研究会終了後には懇親会をおこないます。
タイトル:アジア諸国からの招へい若手研究者によるワークショップ
「人間と自然との新パラダイム―地域研究の最前線―」
English Page>>/en/article.php/20090303160535725
【活動の記録】本ワークショップは、日本学術振興会の財政支援によるプログラム「フィールド・ステーションを活用した先導的地域研究における若手研究者交流」の一環として、またGCOEプログラムによる若手研究者養成プロジェクトの一環として実施された。2009年3月3日と4日に、ラオス、カンボジア、ミャンマー、インドネシア、インドの各フィールド・ステーションより若手研究者14名を招聘して行った。
招聘研究者の学問的背景は政治学、文化人類学、林学、農学など多岐にわたるものであり、分野横断的な地域研究の将来について、個別のフィールドの事例をもとに討論が行われた。本ワークショップでの議論は、プログラム終了後に京都大学東南アジア研究所より同名のプロシーディングスとして出版された。
(片岡 樹)
日 時:2009年1月23-25日
場 所:KKRホテルびわこ http://www.kkrbiwako.com/index.htm
【活動の記録】
本シンポジウムでは、人類学や地域研究を中心に40名程度の若手研究者が集まり、3日間にわたって、5つのセッションで10の研究発表が行われ、現代社会における地域/社会のあり方の変化に対応するような新しい研究のあり方を目指して、インテンシブな議論が展開された。セッションや懇親会などでの議論を通じて、多様な地域・テーマを扱う研究者が集まりつつも、それを貫いて、まさに「同時代性」とでも言うべき、相互に共有できる状況や問題にそれぞれの研究者が直面していることが明らかになった。
初日のセッション1「市場経済化と空間の再編成」では、西垣が急激な市場経済化が進められたモンゴルのウランバートル市における遊牧民のゲル地区の形成とそこでのNGOの活動の相互作用から公共空間が再生していることを指摘し、細田は、フィリピンの農村から都市への移住の経験と呪術世界の変容の関係を示した。討論では、市場経済化があらたな社会空間を生み出している現代的状況について議論が交わされた。
2日目のセッション2「生存を支える生業/生態環境の動態」では、長倉がレソト山岳民を対象に、出稼ぎブームの前後の社会変化と彼らの高度差を利用した土地利用との関係を実証的に示し、鈴木がミャンマーの焼畑農耕民が暮らす森林植生の長期変化と近年の政策の影響を指摘した。この二つの報告をもとに、生態環境の動態をいかに政治的な状況との関連のなかに位置づけるか、議論が行われた。そしてセッション3「宗教のダイナミズムと地域社会の変容」では、小河がタイのイスラーム復興運動が地域社会にもたらした軋轢や葛藤を示し、池田はレバノン内戦という文脈における宗教と宗派というカテゴリーをめぐる考察を提示した。セッション4「紛争のなかの生存基盤」では、佐川がエチオピアの牧畜民の戦いと歓待というふたつのモードの転換が戦いの集団性と個人間の社会関係の構築とのあいだで生じていることを論じ、久保がビルマの難民キャンプで繰り広げられるさまざまな援助活動の実態と複数の対立的なアイデンティティの状況について、興味深い議論を展開した。最終日のセッション5「国家の福祉政策と生活世界」では、山北が日本の野宿者を含みこむようなコミュニティ=地域の「福祉」の可能性について議論を展開し、倉田はサモアの保健医療サービスの構築過程が植民者・国家行政・住民の相互作用のなかで展開してきたことを示した。
最終日の午後に行われた総合討論では、地域研究が置かれている現代的な状況をふまえ、調査者とローカル社会の価値との倫理的対立をどう乗り越え、それをいかに実践につなげていけるのか、議論を行った。
本シンポジウムからは議論の成果として合計8本のワーキングペーパーが生み出されたが、それに加えて関西圏を中心とした若手研究者のネットワークが構築されたという点からも、きわめて実り多いものになったといえる。
(松村圭一郎・木村周平)
日 時:2008年7月11日(金)~12日(土)
場 所:京都大学東南アジア研究所・東棟2階大会議室(E207)
※若手研究者養成部会・イニシアティブ4および萌芽科研「防災教育・自然災害復興支援のための地域研究を目指して」共催合同研究会です。
本シンポジウムは、「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点」の形成を目指した活動の一里塚として、若手研究員の研究成果を取りまとめ、地域研究の新たな展開、少なくともその方向性と可能性について議論し、明らかにしようとするものである。
地域と研究の間に「/」が入っているのには、2つの理由がある。1つは、災害に対して、地域住民は立ち向かうが、地域研究は真正面から立ち向かってこなかった。そのことと関連して、第2には、地域住民と研究者のあいだに、実際の亀裂や懸隔がある。それを明示するための斜線である。したがって、「/」は、問題の所在を示している。
問題があるところに、初めて研究への動機づけが生まれる。問題意識がなければ研究は始まらない。本シンポジウムの初発の問題意識は、以下のとおりである。
災害対策・対応・克服に関わる行政関係者や大学研究者は、「防災・減災・復興のためには、当該地域の住民自身の積極的な関与、コミュニティの役割が重要である」との認識を共有している。しかし最も重要な「地域」あるいは「コミュニティ」の内実は、ブラック・ボックスのまま放置されている。空疎な内実の周囲を空回りしているだけでは、限られた資源を適切に配分し、有効な対策を立てることに限界がある。そのことを危惧し、地域研究/文化人類学からの可能な貢献の一方途として、個別の被災コミュニティの内実に応じた、防災~災害緊急援助~長期復興支援への積極的な関与の可能性を考える。
確かに地域・コミュニティは使い勝手の良い便利な言葉である。しかし一国内においても、ましてや異なる国では、その実態が異なる。地域・コミュニティという言葉の含意とは裏腹に、その実態は均質で友愛に満ちた調和ある集団ではない。地域・コミュニティの内部には、親族姻戚関係、友人知人のネットワーク、政治的派閥、貧富の階差、性差、宗教・民族、年齢、その他によってさまざまな亀裂や分断線が走っている。地域・コミュニティごとにその内実、すなわち成員の構成や生活・秩序の維持・運営のされかたが異なると言って過言ではない。
それゆえ、被災地・コミュニティの歴史背景や現状の政治経済的・社会文化的構成の特徴に応じて、きめ細かに応じた対策を立てることが復興のために不可欠である。とりわけ、アジア地域・アジア各国では、言語・文化を異にする民族が多数共存しており、巨大災害においては複数の民族集団が同時に被災することも珍しくない。(東南アジア)地域研究者が防災~復興の具体的なプロジェクトに、積極的に貢献する可能性と介入すべき理由がある。 また他方では、災害を、生存基盤を揺るがし、ときに破壊する脅威として捉えることをとおして、問題の所在を逆転させ、そもそも生存基盤とは何か、それを持続させるためには何が必要なのかという問題について考え、生存基盤という概念自体を鍛えあげることをめざす。さらには、災害に関わる諸問題への取り組みをとおして、地域研究と文化人類学の再活性化の可能性を考える。単に院生の就職先として災害関係プロジェクトや機関がありうるというだけでなく、ディシプリンそのものの概念や方法の鍛えなおしも目指している。人間の(全生命体の?)生存基盤には、さまざまなレベルがある。何よりもまず、各個人の身体そのものが生存の基盤である。新生児や乳幼児にとっての母と父、長じては家族・親族・社会もまた生存の基盤となる(ヒトのみが家族・親族および群れ・社会という二つのレベルの集団を生存の基盤として有する)。さらには、地域社会、ネットワークで結ばれた諸関係、そして国家もまたひとつのレベルの生存基盤である。そして水・空気・土地を要素とする全体的な生態・自然環境もまた、不可欠の生存基盤である。
そうした異なるレベルでの生存を揺るがす脅威として、本シンポジウムで念頭に置いている災害は、具体的に、1)重篤感染症、2)地震・津波、3)台風・大雨・洪水、4)旱魃・塩害、5)紛争(戦乱)、… などである。すなわち、きわめて短時間のあいだに安寧な日常生活の存続を困難あるいは不可能とし、人の生き死にを左右するような出来事である。
【個別の発表要旨】
1. 生存基盤が壊れるということ:ピナトゥボ山大噴火(1991)による先住民アエタの被災と新生の事例から
清水展(京都大学東南アジア研究所)
1991年6月の西部ルソン・ピナトゥボ山の大噴火は、同時期に起こった雲仙普賢岳の600倍、20世紀最大規模の爆発であった。その直接で最大の災害を受けたのは、ピナトゥボ山麓で移動焼畑農耕を主たる生業として、自給自足に近い生活をしていた約2万人の先住民アエタであった。彼らの家屋や畑は数十センチから1メートルの灰に埋まり、全員が集落を捨て一時避難センター、さらに再定住地への移住を余儀なくされた。その後も数年にわたり、大雨のたびに繰り返し襲ったラハール(土石流氾濫)によって、集落のほとんどは数十メートルの土砂に埋まった。
今回の発表では、アエタの被災と復興の十年におよぶ歩みを紹介し、生存基盤が壊れるということがどういうことなのか、逆に彼らにとって生存基盤とは何なのかを考える。 また、フィールドワークを主たる研究手法とする人類学者や地域研究者が、災害と関わることによって、「学」そのものにどのような可能性が拓かれるかも考えたい。できれば、東南アジア研究所やASAFASの存在理由である「地域研究」の再考・再想像(創造)まで考察を進めてみたい。
2.「災害に強い社会」を考える:2004年スマトラ沖地震津波の経験から
西芳実(東京大学大学院総合文化研究科)
2004年12月に発生したスマトラ沖地震津波は死者・行方不明者20万人を超える未曾有の自然災害として世界の関心を集め、特に震源地に最も近く多数の犠牲者を出したインドネシア・アチェ州は大規模かつ国際的な救援復興活動の対象となり、国際援助機関・各国政府・NGOといった人道支援の実務家のみならず、市民ボランティアや報道関係者・研究者が現地で活動を展開した。こうした災害を契機に新たに始められた外部社会から地域社会に対する働きかけは、対象となる人々から予想外の反応をしばしば得ることになった。本報告ではこうしたズレが生じる背景として、外部社会からの働きかけの前提となっている地域認識に注目し、被災状況ならびに救援復興活動の評価に被災前の状況を踏まえた地域理解を導入することでズレを理解することを試みたい。
3.「都市のリスクと人びとの対応:バンコクのコミュニティにおける火災の事例から」
遠藤環(埼玉大学経済学部)
本報告では、2004年4月に大火災によって全焼した都市の密集コミュニティの事例を取り上げる(約800軒が全焼、8000人が被災)。火災は、主に都市下層民が集住するコミュニティが潜在的に抱えるリスクの一つである。ただし、一旦火災が発生すると、都市下層民、特にインフォーマル経済従事者は、住居のみならず生産手段を失うため、生活や労働のいずれの側面にも甚大な影響を受けることになる。また都市下層民、およびコミュニティは決して一枚岩ではないため、復興過程は階層性を帯びている。本報告では、都市のリスク、コミュニティに関して簡単に定義した上で、人々のリスク対応過程に注目する。復興過程の階層性をふまえながら、主に居住と職業の面から検討する。住居再建に関しては、政府の介入がむしろ、様々な対立を生み、恒久住宅完成に4年という月日を要した。復興過程が長期化した要因に関しても最後に考察を加えたい。
4. 「地震の不安と地域社会:トルコ、イスタンブルの事例から」
木村周平(京都大学東南アジア研究所)
トルコ共和国イスタンブル市は、近い将来、大きな地震が襲うことが予想されている。このことが市民に明らかになったのは1999年に近隣で発生した地震(マルマラ地震)の際であった。イスタンブル市民の災害に関する意識はこれをきっかけに急速な高まりを見せたのち、しかし現在は急速に冷え込みつつある。本発表では、そうした状況下で奮闘している、住民レベルの防災活動のひとつの事例を紹介し、この活動に人々がどのように関わりあっているのかを追うことで、未来の災害に立ち向かう「地域」とは何なのかについて考察したい。
5. 温暖化および気候変動にどう対応するか?:水災害を事例として
甲山治(京都大学東南アジア研究所)
2007 年,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は,第4 次評価報告書第1 作業部会報告書において,平均気温の上昇,平均海面水位の上昇,衛星観測を用いた雪氷域の広範囲の減少などから,全球的な気候システムの温暖化は疑う余地がないと断定した.一方,気候変動は一概に断定できるものではなく,特にローカルなスケールごとに異なるメカニズムが存在するために,その理解が一層複雑である.
本発表では,気温上昇の影響を顕著に受けつつある中央アジアの水循環と水災害を中心に,地域が気候変動にどう対応していくかを議論したい.また日本や他の地域で行われている最新の研究成果も合わせて紹介することで,各地域で懸念されておる影響に関して紹介する.
6. 農業水利変容とその影響:インド・タミルナドゥ州の事例
佐藤孝宏(京都大学東南アジア研究所)
気象学および環境学的事象として取り扱われる場合、旱魃は「土壌水の枯渇と植物の障害を引き起こすに足る長期間の無降雨」と定義される。しかしながら、降雨によってもたらされる水は、各産業における生産基盤としての性格も有している。水をめぐる問題を考えるとき、自然科学的な視点のみならず、社会経済的な視点からの検討は不可欠である。
1947年の独立以来、灌漑施設整備はインド政府における農業開発の中心的役割を担ってきた。しかしながら、水源開発の中心はダム関連事業や井戸整備に置かれ、地域環境条件に調和するよう歴史的に発達してきた溜池のような在来技術はカヤの外に置かれた。1950~95年の45年間にインド国内における灌漑面積は3倍以上に増加したものの、その恩恵はすべての人々に与えられたわけではない。水循環の単位である河川流域の間のみならず、流域内部、ため池受益地内部など、あらゆる空間レベルで水へのアクセスに格差が認められ、そのことが地域住民の生活に大きな影響を与えている。本発表ではインド南東部のタミルナドゥ州を事例として、異なる空間スケールにおける農業水利の変容を概観するとともに、水資源の経済学的評価も加えながら、「水」の持つ生存基盤としての意味を再検討することを目的とする。
7. 塩と共に生きる?:タイ東北部における塩害と生存基盤
生方史数(京都大学東南アジア研究所)
災害というと、我々は、地震、津波、洪水などのような突発的に起こる激しい災害や、旱魃などのような、因果関係や症状が「見えやすい」災害を想起しがちである。しかし、激しくはなくとも、ゆっくり、しかし確実に進行していき、しかも「見えにくい」災害も存在する。
本発表では、タイ東北部における塩害を事例に、その発生メカニズム、これまでの国や諸機関の対策、そして被害を受けた現場の実態を紹介することで、塩害のように因果関係や症状が見えにくく、漸次進行していく災害に対して、国家や住民が対応する際に生じる問題点について議論する。そして、このような種類の災害に対しては、国も住民も社会セクターも、現時点で実行可能な対策が非常に限られていること、それゆえに、現場の論理として「災害と共に生きる」という視点が重要になることを強調したい。
8. ウイルスと民主主義:エチオピアのグラゲ県におけるHIV/AIDS問題と地域社会の取り組み
西真如(京都大学東南アジア研究所)
世界のHIV感染者は3,300万人にのぼる。そのうち約3分の2が生活するサハラ以南アフリカでは、HIV/AIDSは社会機能の崩壊をもたらす恐れのある、深刻な災害のひとつだと見なされている。
もっともエイズが「死の病」とされたのは、過去のことである。効果的な抗ウイルス治療の確立によって、感染者における平均余命の顕著な延長が報告されてきた。このことは、より多くの感染者が、より長いあいだ社会の中で生活することを意味する。HIV/AIDSは、単純に撲滅できる感染症、あるいは回避しうる災害だと見なされるべきではない。必要とされているのは、ウイルスおよびウイルスとともに生きる人々と共存しうる社会である。本報告では、エチオピアのグラゲ県における地域住民のHIV/AIDS問題への取り組みを紹介する。同県では、地域の伝統的リーダーが中心となり、在来の社会制度を活用して感染予防および感染者へのケアを推進する、ユニークな取り組みが行われてきた。またそれら取り組みの有効性や妥当性をめぐり、住民間で活発な議論がなされている。本報告では、グラゲ県住民による取り組みや議論の考察を通して、感染者と非感染者の生活が、ともに持続的であるような民主的な社会の条件について考える。
9. 自然災害で現れる「地域のかたち」--インドネシアの地震・津波災害の事例から
山本博之(京大地域研究統合情報センター)
2007年9月のスマトラ島南西部沖地震発生直後の現地調査をもとに、被災で表われる「地域のかたち」をどう読み解くかを考える。それぞれの社会は被災前からそれぞれ課題を抱えており、その解決のために努力している。被災はそのような課題を(外部世界の人々を含む)人々の目に見えやすくする契機となる。
自然災害の緊急・復興支援では、被災前の状態に戻すことが目標とされ、支援プログラムを作るために被災者のニーズ調査が行われる。ただし、被災者が語るニーズを重視しすぎれば、「地域のかたち」のように言葉で語れないものに関するニーズは支援の対象から漏れることになる。
生存基盤の議論は、主にそれをどのように手に入れるかという観点から語られてきた。しかし、グローバルな協力が行われている今日の国際社会では、生存基盤をどのように「手に入れるか」だけでなく、どのように「与えるか」も重要である。被災で「失われたもの」「壊れたもの」を元に戻そうとする「生存基盤補填型」の支援だけでなく、被災社会が被災前から抱えている課題などを踏まえたうえで、被災を契機によりよい社会を作るという発想に基づいた生存基盤持続型の支援が必要である。
一日目は、地震や津波、火災といった、突発的な災害の事例が紹介された。これらの事例では、防災や復興の局面における「コミュニティ」と、政府や援助機関との関係が議論された。コミュニティは防災や復興の重要な担い手とされるが、住民間の緊密な関係が、少なくとも政策立案者が想定するかたちでは存在していない例や、災害を契機に住民間の利害対立が先鋭化する例がある。
一日目の総合討論においては、災害の当事者の間にある分断や格差を前提として、地域/研究による災害への取り組みを理解しようとする議論がなされた。防災や復興に取り組んだ経験をもとにして、特定の地域で生活する人びとの間に緊密な関係が成立する可能性が指摘された。また地域を越えて、同じ災害を経験した人びとの間に「被災地のネットワーク」と呼びうるような連帯が成立していることが挙げられた。加えて、災害の直接の当事者と、研究や支援といったかたちで当事者に関わるステークホルダーとの関係に注目し、issue-orientedな地域研究を確立してゆくことの重要性が指摘された。
二日目は、気候変動や水不足、塩害、HIV/AIDSなど、漸次進行する災害についての事例が紹介された。これらの事例においては、市場経済化や近代的所有制、あるいは民主主義の浸透といったグローバル化の様々な様相が深く関与していることが示された。
二日目の総合討論においては、大きく二つの点――災害援助において地域研究者がいかなる役割を担えるのか、そして、現場の知をどのようにとらえていったらいいのか――についての議論がなされた。
地域研究者は個々人の生活の視点から地域を捉え、また災害以前の社会状況や諸問題を踏まえながら、災害における地域特有の問題への対処方法を、政策立案者ややNGOに提示してきた。しかし地域研究者の提示する情報は、公的な援助機関が必要とする「客観的な情報」とは異質なものと受け止められたり、復興支援に携わる技術者の知見と相容れない部分があると見なされることがある。地域研究者が他の災害復興の関係者と協働するため、両者の間でコミュニケーションを確立する必要があるとの意見が述べられた。
またこのこととも関連して、これまで災害復興活動の基盤を支えてきた知が客観的な分析による知に偏重してきたことへの批判も多々挙げられた。地域のあり方を確定し復興のための「正しい」道筋を断定するという、これまでの知のあり方そのものを批判的に捉えなおし、多元的な知をつなぐ運動としての地域研究を目指すべきだという意見が述べられた。
(文責:加瀬澤雅人、西 真如)
日 時:2008年5月26日(月) 10:30~12:00
場 所:地域研究統合情報センター3階 会議室
http://www.cias.kyoto-u.ac.jp/index.php/access
【活動の記録】
ジャレドダイアモンドを読む会の第一回研究会となる今回は、「文明崩壊」全編の構成の簡潔な紹介を行うとともに、ダイアモンドの主張がG-COEの課題とどのように関連するか、基本的な考察を行った。
「文明崩壊」の中でダイアモンドは社会が崩壊する要因を、環境破壊、気候変動、敵対集団の存在、友好集団からの援助の減少、不適切な社会制度・文化的価値観の5つに集約し、過去・現代の社会がそれらの要因のいずれによっていかに崩壊に至らしめられたか、あるいはいかにそれらの要因を排することに成功し、存続し得たかを列挙していく。これらの事例を通じて、5つの要因のうち気候変動は、常に決定的崩壊要因となるわけではないが、環境破壊等によって脆弱化した社会にとってはとどめの一撃となることが示され、また、ある場所で育まれた文化が他所の自然環境への適応を妨げ、環境を破壊して社会を崩壊に至らせる可能性が指摘される。最終章で提示される人類社会が持続するための様々な方向性の骨子は、たとえ文化的価値観を大きく変えることになろうとも環境保護的な価値観、政策へシフトすることが必要であり、技術革新がすべての問題を解決することは望めないということである。
G-COEの課題である「生存基盤の持続的発展」のための条件を「文明崩壊」に沿って解釈すれば、まず、現状(気候条件等)において社会が持続的であること―これは産業(農鉱工業)が環境破壊的(収奪的)ではないことなどを意味する―、次に社会が気候変動に対して柔軟であること、さらにそれらを実現(採用)しうる社会制度を持つことであると言える。ここで、社会が気候変動に対して柔軟性を持つためには生存基盤固定型と生存基盤確保型の2通りが想定される。前者はあらかじめ気候変動に対して強靭な社会を構築しておくことであり、人口を食糧生産基盤から見て十分余裕のある水準に抑制し、あるいは逆に食糧生産基盤を工学的に整備しておくことが相当する.また後者は,社会間ネットワークを構築することで危急の事態に備えたり、危急の自体には既存の価値観を捨てて柔軟に対応したりすることが相当する。
これに対して参加者からは、人類社会存続のための方策としての価値観の変更と技術革新をそれぞれ別個のものとして切り離して考えるのではなく、一体化して進めるべき不可分のものとして考えることが必要ではないか等の意見が出された。
(文責 星川圭介)
日 時:2008年4月12日(土) 13:30~18:30
場 所:工学部4号館4階(東側)大会議室
【「ハイパー・モビリティ社会」研究プロジェクト】
古代以来、政治的支配にとって、人の移動は、その根幹を揺るがすものとして問題視される傾向にあった。特に、領域支配を行う近代国民国家では、移動して暮らす人々は、「異物」とみなされる。それ故、彼/彼女らの多くは蔑視されてきた。この枠組みの中では、人の移動を社会の基本原理と考えるパラダイムの形成は困難であった。だが今日、コミュニケーション技術の発達は「空間の圧縮」をもたらし、グローバルな「ハイパー・モビリティ社会」が実現しつつある。
今後100年の科学・技術の一層の発展を視野に収めれば、生存基盤の確保と拡大を求める現生人類の移動への志向が、加速度的に進むことは確実である。この展望を踏まえて、本研究プロジェクトでは、生存基盤の持続と人の移動との関連について根本的に再検討している。その結果、先史人類のグローバルな拡散に見られるように、移動を人類の本質と捉えるホモ・モビリタス(移動するヒト)の考え方に到達した。本プロジェクトでは、この仮説を前提とした社会モデルの構築と研究パラダイムの提示を目指している。
そこで、第1回セミナーでは、フィリピンとオセアニアにおける人の移動と社会関係についての事例研究を中心に、ハイパー・モビリティ社会について検討する。
プログラム: | |
1:30~1:45 | 趣旨説明 細田尚美(京都大学) |
1:45~2:45 | 「フィリピンにおけるサパララン・モデルの地域間比較: 『ハイパー・モビリティ社会』研究・序説」 石橋誠・小張順弘・渡邉暁子・細田尚美 |
2:45~3:00 | 休憩 |
3:00~3:45 | 「フィリピン・パラワン族の土地問題(仮題)」 森谷裕美子(九州産業大学) |
3:45~4:30 | 「シューカンから抜け出す方法? ―パラオにおける国際人口移動と贈与交換の再編」 飯高伸五(東京都立大学大学院) |
4:30~4:45 | 休憩 |
4:45~5:00 | コメント 田中耕司(京都大学) |
5:00~5:15 | コメント スヘー・バトトルガ(愛知県立大学) |
5:15~5:45 | ディスカッション |
【報告1】
報告者:久保慶一(早稲田大学・助手)
報告タイトル:コソボにおける民族紛争と紛争後の「国家」建設
コソボ暫定自治政府による独立宣言を間近に控え、コソボ情勢が注目されている。コソボにおける民族紛争と紛争後の「国家」建設は、国内要因と国際的要因が複雑に絡み合い、両者の相互関係をみることなくしては十分に理解することができない。本報告では、1990代後半の民族紛争の勃発と、紛争後の「国家」建設に焦点を絞り、国内要因と国際的要因の連関を分析することを試みたい。導入としてコソボ紛争の歴史的背景を簡単に振り返った後、報告の前半では、1997~1998年にコソボ紛争が武力紛争化し、1999 年のNATO空爆に至った過程を考察対象とし、比較政治学における民族紛争・内戦研究の成果を土台として、紛争の勃発と拡大をもたらした国内要因と国際要因について分析する。後半では、紛争後の平和構築と「国家」建設をとりあげ、コソボにおいて国連コソボ暫定統治ミッション(UNMIK)統治下で進められてきた「国家」建設の功績と問題点を考察する。最後に、コソボという新たな「国民国家(民族国家)」の独立がバルカン地域の政治的安定と今後の国際政治についてどのような示唆を与えているかを考察して、報告の締めくくりとしたい。
【報告2】
報告者:末近浩太(立命館大学・准教授)
報告タイトル:中東政治研究における国民国家・ナショナリズム・宗教中東政治研究は、ラテンアメリカや東南アジアの研究と比較してみれば、社会科学の理論の発展に対して大きく貢献してきたとは言い難い。その主な理由として、同研究における地域研究と社会科学(特に政治学や国際関係学)との乖離が指摘されてきた。両者の融合が進まないのは、突き詰めてみれば、中東を構成する国家群をいかにとらえるか、という方法論上の根本的な問題が未解決のためである(これは、地域とは何か、という問いと表裏一体である)。そして、この問題は、汎ナショナリズムの台頭や宗教復興のうねりといった時代環境の変化のなかで、常に新たな意味づけがなされてきた。本報告では、現代の中東政治研究における国家と地域の実態について、国民国家、ナショナリズム、宗教をキーワードに再考する。なお、事例として東アラブ諸国を取りあげる。
■報告1
森田敦郎(東京大学大学院総合文化研究科・助教)
「空間の再編としての工業化:タイにおける土着の機械技術の発展と社会性の生成」
■報告2
松村圭一郎(京都大学大学院人間・環境学研究科・助教)
「市場経済化と空間/集合性の再配置:エチオピア農村社会の行為をみちびくモノ・人・場をめぐる歴史過程」
日 時:2008年1月22日(火) 13:30~16:30
場 所::【生存研セミナー室1】総合研究実験棟5F(HW525)
会場までのアクセスは下記URLをご参照下さい
http://www.rish.kyoto-u.ac.jp
発表者とタイトル(申請タイトル):発表時間は各15分+質疑応答
日 時:2007年12月18日(火) 13:30~16:30
場 所:京大大学院アジアアフリカ地域研究研究科 会議室
(工学部4号館4階東側 447号室)
会場までのアクセスは下記URLをご参照下さい
http://www.kyoto-u.ac.jp
発表者とタイトル(申請タイトル):発表時間は各15分+質疑応答
日 時:2007年11月20日(火) 13:30~16:30
場 所:東南アジア研究所 会議室(E207)
日 時:2007年10月1日(月)~3日(水)
本プロジェクトに全面的にコミットし、斬新な発想から研究を力強く推進していただくことを期待して、4名の若手研究者を10月1日付けで採用した。助教の生方史数(資源経済学・東南アジア研究)と、研究員の遠藤環(地域経済学・東南アジア研究)・佐藤孝弘(熱帯農業生態学)・西真如(文化人類学・開発研究)の諸氏である。
10月1日の午前中に辞令の交付を受けた後、その日の午後から丸3日間、ブレインストーミングを兼ねた連続研究会を開いた。
1日は午後1時から、東南アジア研究所・共同棟ゼミ室(Rm407)で、若手部会の構成教員である、松林・清水(東南ア研)・田辺(人文研)・山本(CIAS)、藤倉(ASAFAS)らも参加して、全員が自己紹介と今までの研究経過を説明した。
2日は午前10時から夜6時まで、4人の若手研究者が、今までの研究経過と本プロジェクトにおける研究計画について、一人40分ほどの時間を使って詳細な報告を行った。それに対して、部会メンバーの教員以外に、杉原、河野らも参加して、40~50分の質疑応答、助言、その他の活発な議論を交わした。
3日は、若手部会のメンバーが、宇治キャンパスの生存研を訪問し、午前中は、各種実験施設を見学した。午後は、生存基盤科学研究ユニット・オフィスにおいて、若手メンバー4人と生存研側の若手研究者4人が20分づつ研究紹介を行い、相互交流と意見交換を行った。文理にまたがる学際的な研究を組織するための第一歩として有意義であった。若手部会から清水・田辺・藤倉、生存研からは林のほか浦川・小林・古屋仲・増野・反町・Thi-Thi-Nge・Iventkata・S.Reddyらが参加した。
生存研からの報告者とタイトルは以下のとおりである。
なお、3日間の議論をふまえ、4名の若手研究者が各自の研究経過と今後の研究計画・テーマを簡潔にまとめたレポートを作成したので、以下に紹介する。(文責・清水展)